玉勝間 / 十二の巻 長持と云ふ物
榮華物語若枝ノ卷に、なかもちからひつのふたに、いとおどろおどろしうたたみいれて、うちかさねて、二人などかきて、もてくるも有、と有リ。これ今ノ世にいふ長持と聞えたり。此名うつほの物語にも見えたるを、その卷をわすれたり。
新字:栄華物語若枝ノ巻に、なかもちからひつのふたに、いとおどろおどろしうたたみいれて、うちかさねて、二人などかきて、もてくるも有、と有リ。これ今ノ世にいふ長持と聞えたり。此名うつほの物語にも見えたるを、その巻をわすれたり。
書き下し
栄華物語若枝の巻に、なかもちからびつのふたに、いとおどろおどろしゅうたたみいれて、うちかさねて、二人などかきて、もてくるも有り、と有り。これ今の世にいう長持と聞えたり。この名うつほの物語にも見えたるを、その巻をわすれたり。
現代語訳
『栄花物語』の「若枝」の巻に、「長持や唐櫃の蓋に、たいそう仰々しく畳み入れて、重ねて、二人がかりなどで担いで持って来る者もいる」とある。これは今の世にいう長持のことと思われる。この名は『うつほ物語』にも見えていたが、その巻を忘れてしまった。
解説
衣類や調度をしまう大きな箱「長持」の名が、平安時代の物語にすでに見えることを記した段である。『栄花物語』には、贈り物の衣を長持や唐櫃の蓋に仰々しく畳み入れ、二人がかりで担いで運んでくる様子が描かれる。棹を通して担ぐ長持は、江戸時代には嫁入り道具の代表でもあり、宣長の読者にもごく身近な家具であった。その名が千年近く前から続いていると知るのは楽しい発見だったろう。末尾の「うつほ物語にも見えたが、その巻を忘れた」という一言は、宣長の膨大な読書の記憶と、その限界を率直に示している。確かめきれないことを隠さず、手がかりとして残しておく書き方は、後に続く者への誠実さでもある。
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