玉勝間 / 十二の巻 式神をつかふと云ふ事
宇治拾遺物語に、式神をつかふと云ふこと有リ。今のいづなの如くなるわざと聞えたり。此わざをもて、たちまちに人を殺す由など有り。
書き下し
宇治拾遺物語に、式神をつかうと云うこと有り。今のいづなの如くなるわざと聞えたり。このわざをもて、たちまちに人を殺す由など有り。
現代語訳
『宇治拾遺物語』に「式神を使う」ということがある。今の飯綱(いづな)の術のようなものと思われる。この術で、たちまち人を殺すことなどが書かれている。
解説
陰陽師が使役するという「式神」について、宇治拾遺物語の記述から、その正体を当時の民間の術になぞらえた短い段である。宇治拾遺物語には、安倍晴明が式神を使ったり、式神を打って人を呪い殺したりする話が載る。宣長はこれを、江戸時代に知られた「いづなの法」、すなわち管狐などの小さな霊獣を使って人に憑かせたり占いをしたりするという術と同類だろうと見ている。物語の中の不思議を、自分の時代にも行われている術と引き比べて理解しようとするのである。宣長は神の働きの不可思議は認めた人だが、ここではその是非を論じず、どのような術として伝えられていたかを冷静に記すにとどめている。昔の不思議を今の習俗と比べる読み方である。
関連する章句
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