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玉勝間 / 六の巻 書うつし物書く事

ふみを寫すに、同じくだりのうち、或るはならべるくだりなどに、同じ詞の有る時は、見まがへて、そのあひだなる詞どもを、寫し漏らす事、常によく有るわざなり。又一ひらと思ひて、二ひら重ねてかへしては、其ノ間ヲ一ひらを、みながら落すことも有。。是れら常に心すべきわざなり。又よく似て、見まがへやすき文字などは、殊にまがふまじく、たしかに書べきなり。これは寫しがきのみにもあらず、おほかた物書くに、心得べき事ぞ。すべて物を書くは、事のこころをしめさむとてなれば、おふなおふな文字さだかにこそ書かまほしけれ。さるをひたすら、筆のいきほひを見せむとのみしたるは、いかなる事とも、讀み解きがたきが、世に多かる、あぢきなきわざなり。常に書きかはす、消息文なども、文字讀みがたくては、云ひやるすぢ、ゆきとほらず、讀む人はた苦しみて、かしらかたぶけつつ、かへさひ讀めども、つひに讀み得ずなどしては、ここ讀みがたしと、かへし問はんも、さすがに無體しきやうなれば、唯だおしはかりに心得ては、事たがひもするぞかし。

新字:ふみを写すに、同じくだりのうち、或るはならべるくだりなどに、同じ詞の有る時は、見まがへて、そのあひだなる詞どもを、写し漏らす事、常によく有るわざなり。又一ひらと思ひて、二ひら重ねてかへしては、其ノ間ヲ一ひらを、みながら落すことも有。。是れら常に心すべきわざなり。又よく似て、見まがへやすき文字などは、殊にまがふまじく、たしかに書べきなり。これは写しがきのみにもあらず、おほかた物書くに、心得べき事ぞ。すべて物を書くは、事のこころをしめさむとてなれば、おふなおふな文字さだかにこそ書かまほしけれ。さるをひたすら、筆のいきほひを見せむとのみしたるは、いかなる事とも、読み解きがたきが、世に多かる、あぢきなきわざなり。常に書きかはす、消息文なども、文字読みがたくては、云ひやるすぢ、ゆきとほらず、読む人はた苦しみて、かしらかたぶけつつ、かへさひ読めども、つひに読み得ずなどしては、ここ読みがたしと、かへし問はんも、さすがに無体しきやうなれば、唯だおしはかりに心得ては、事たがひもするぞかし。

書き下し

ふみを写すに、同じくだりのうち、或るはならべるくだりなどに、同じ詞の有る時は、見まがえて、そのあいだなる詞どもを、写し漏らす事、常によく有るわざなり。また一ひらと思いて、二ひら重ねてかえしては、その間の一ひらを、みながら落とすことも有り。これら常に心すべきわざなり。またよく似て、見まがえやすき文字などは、殊にまがうまじく、たしかに書くべきなり。これは写しがきのみにもあらず、おおかた物書くに、心得べき事ぞ。すべて物を書くは、事のこころをしめさむとてなれば、おうなおうな文字さだかにこそ書かまほしけれ。さるをひたすら、筆のいきおいを見せむとのみしたるは、いかなる事とも、読み解きがたきが、世に多かる、あじきなきわざなり。常に書きかわす、消息文なども、文字読みがたくては、云いやるすじ、ゆきとおらず、読む人はた苦しみて、かしらかたぶけつつ、かえさい読めども、ついに読み得ずなどしては、ここ読みがたしと、かえし問わんも、さすがに無体しきようなれば、ただおしはかりに心得ては、事たがいもするぞかし。

現代語訳

書物を写すとき、同じ行の中や、並んだ行などに同じ言葉があると、見間違えて、その間にある言葉を写し漏らしてしまうことは、いつもよくあることである。また一枚だと思って二枚重ねてめくってしまい、その間の一枚をまるごと落とすこともある。これらは常に気をつけるべきことである。また、よく似ていて見間違えやすい文字などは、とりわけ紛れないように、はっきり書くべきである。これは写本づくりに限らず、およそ物を書くときに心得ておくべきことだ。そもそも物を書くのは、事柄の内容を示そうとするためなのだから、できるかぎり文字をはっきり書きたいものである。それなのに、ひたすら筆の勢いを見せようとばかりして、何のことやら読み解けないものが世に多いのは、情けないことである。ふだんやりとりする手紙なども、文字が読みにくいと、言い送りたい筋が通らず、読む人もまた苦しんで、首をかしげながら何度も読み返すが、とうとう読めない、などということになる。かといって「ここが読めません」と問い返すのも、さすがに失礼なようなので、ただ推量で理解して、事が食い違ってしまったりもするのである。

解説

写本の誤りがどう生じるかを具体的に挙げ、そこから字を書く心得一般に及んだ一段である。同じ語が近くにあると目が飛んで間を落とす、紙を二枚めくって一枚まるごと落とす。いずれも今の本文研究で目移りや脱葉と呼ばれる誤りの型そのものである。写本で古典を読み、諸本を突き合わせて本文を正した宣長にとって、これは日々の実感だった。後半は、筆勢を見せるための崩し字への苦言に移る。書くのは中身を伝えるためであり、読めない字は読む人に負担を押しつけ、推量による取り違えまで生む。見栄えより伝わることを先に置け、という主張は、手書きでなくなった今の文書やメールの書き方にもそのまま当てはまる。

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