玉勝間 / 九の巻 みやうぶ
武能と云ふ管絃の上手、一ノ人の仰せによりて、時光と云ふ者の弟子になりにゆくとて、みやうぶ書て、かれが家に行けりと、續世繼に見えたり。みやうぶは、名簿と書きて、なづきと云ふ物なり。物に名付とも書たり。
新字:武能と云ふ管絃の上手、一ノ人の仰せによりて、時光と云ふ者の弟子になりにゆくとて、みやうぶ書て、かれが家に行けりと、続世継に見えたり。みやうぶは、名簿と書きて、なづきと云ふ物なり。物に名付とも書たり。
書き下し
武能と云う管絃の上手、一の人の仰せによりて、時光と云う者の弟子になりにゆくとて、みょうぶ書きて、かれが家に行けりと、続世継に見えたり。みょうぶは、名簿と書きて、なづきと云う物なり。物に名付とも書きたり。
現代語訳
武能という管絃の名手が、一の人(摂政・関白)の仰せによって、時光という者の弟子になりに行くというので、「みょうぶ」を書いて、その者の家に行った、と『続世継』(『今鏡』)に見えている。「みょうぶ」は名簿と書き、「なづき」というものである。書物には「名付」とも書いてある。
解説
弟子入りの時に差し出す「名簿(みょうぶ)」という書き付けについての段である。名簿は自分の名や官位を記した札で、主君に仕える時や師に入門する時にこれを捧げ、身を預けるしるしとした。平安末の歴史物語『今鏡』に、管絃の名手が摂関の命で別の名人の弟子になりに行き、名簿を書いて持参したという話が見える。すでに名手と呼ばれる者でも、師に就く時には形を整えて入門した。宣長自身も賀茂真淵に入門の誓詞を送って門人となり、鈴屋の門人にも入門の誓詞を出させている。師弟の関係を形として結ぶ習いが古くからあったことを、宣長は一語の由来から確かめている。
関連する章句
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『玉勝間』十二の巻 名簿、おこたりふみいにしえ、物ならうとて、人の弟子になるしるしに、名簿を奉る事、同じ物語に見ゆ。名簿におこたりぶみ添えて出だす、なども見えたり。おこたりぶみは、怠状にて、今の世にあやまり証文と云う物なり。
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『玉勝間』十の巻 師をとると云ふ事源氏物がたりの紅葉賀の巻に、舞の師どもなど、世になべてならぬをとりつつ、おのおの籠りいてなん習いけると有り。世の言に、師匠をとる、弟子をとると云うも、古き事なりけり。
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『玉勝間』二の巻 おのが物まなびの有しやうさてまた道の学びはまず初めより、神書と云うすじの物、ふるき近き、これやかれやと読みつるを、はたちばかりの程より、わきて心ざし有りしかど、とりたててわざと学ぶ事は無かりしに、京にのぼりては、わざとも学ばむと、こころざしはすすみぬるを、かの契沖が歌ぶみの説になずらえて、皇国の古の意をおもうに、世に神道者と云う者の説おもむきは、皆いたくたがえりと、早くさとりぬれば、師と頼むべき人も無かりしほどに、われいかで古のまことのむねを、考え出でむ、と思うこころざし深かりしにあわせて、かの冠辞考を得て、かえすがえす読みあじわうほどに、いよいよ心ざし深くなりつつ、この大人をしたう心、日にそえてせちなりしに、年このうし、田安の殿の仰せ事をうけ給わり給いて、このいせの国より、大和山城など、ここかしこと尋ねめぐられし事の有りしおり、この松坂の里にも、二日三日とどまり給えりしを、さることつゆ知らで、後に聞きて、いみしく口惜しかりしを、かえるさまにも、また一夜やどり給えるを、うかがい待ちて、いといとうれしく、急ぎやどりにもうでて、はじめて見え奉りたりき。さてつひに名簿を奉りて、教えをうけ給わる事には成りたりきかし。
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『玉勝間』九の巻 伎芸に大夫と云ふ名同書に、花園の左大臣の御家に、管絃をよくする者どもを、多く召しおき給えりし事を云える処にいわく。ふき物、ひき物せぬは少なくてほかよりまいらねど、内の人にて、御遊びたゆること無く、伊賀大夫・六条大夫など云う、すぐれたる人ども有り云云、と見えたり。今の世に、猿楽その外の伎芸にも、大夫と云い、名にも、何大夫とつく、古き事なりけり。
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『玉勝間』二の巻 おのれあがたゐの大人の〓〓を受けしやう宣長、縣居の大人に逢い奉りしは、この里に一夜やどり給えりしおり、一度のみなりき。その後はただ、しばしば書かよわしきこえてぞ、物は問いあきらめたりける。そのたびたび給えりし御答えのふみども、いと多くつもりにたりしを、ひとつも散らさで、いつきもたりけるを、せちに人の乞いもとむるままに、ひとつふたつと取らせけるほどに、今は残りすくなくなん成りぬる。さて古事記の注釈を物せんの心ざし深き事を申せしによりて、その上つ巻をば、考え給える古言をもて、仮字がきにし給えるをも、貸し給い、また中つ巻下つ巻は、かたわらの訓を改め、所所書き入れなどをも、てずからし給える本をも、かし給えりき。古事記伝に、師の説とて引きたるは、多くその本にある事どもなり。そもそもこの大人、古学の道をひらき給える御いさおは、申すもさらなるを、かのさとし言にのたまえる如く、世のかぎりもはら万葉に力を尽くされしほどに、古事記、書紀にいたりては、そのかむかえ、いまだあまねく深くはゆきわたらず、くわしからぬ事どもも多し。
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