玉勝間 / 十二の巻 りうきうの国の謡歌
琉球ノ國の謠歌とて、ある草紙にしるせる二つ。一つは、やまんとてふへ、きーやるなら、わんもつれれて、きやれ、わんはのこりて、袖のなみだ。今一つは、おきなんてふと、やまんとてふと、りくつるきなら、駒にのりて、いたりつい、きたりつい、おきなんはかの國の地の名にこそあらめ。
新字:琉球ノ国の謡歌とて、ある草紙にしるせる二つ。一つは、やまんとてふへ、きーやるなら、わんもつれれて、きやれ、わんはのこりて、袖のなみだ。今一つは、おきなんてふと、やまんとてふと、りくつるきなら、駒にのりて、いたりつい、きたりつい、おきなんはかの国の地の名にこそあらめ。
書き下し
琉球の国の謡歌とて、ある草紙にしるせる二つ。一つは、やまんとてふへ、きーやるなら、わんもつれれて、きやれ、わんはのこりて、袖のなみだ。今一つは、おきなんてふと、やまんとてふと、りくつるきなら、駒にのりて、いたりつい、きたりつい、おきなんはかの国の地の名にこそあらめ。
現代語訳
琉球国の歌謡として、ある草紙に記していたものが二つある。一つは「大和の人のところへ行くのなら、私も連れていっておくれ。私は残されて、袖に涙」。もう一つは「沖縄の人と大和の人とが陸続きであったなら、馬に乗って行ったり来たりしように」。「おきなん」はあの国の土地の名であろう。
解説
ある草紙に載っていた琉球の歌謡二首を、そのまま書き写した段である。一首目は、大和(本土)へ行く人に自分も連れて行ってほしい、残されれば袖が涙に濡れると歌い、二首目は、沖縄と大和が陸続きなら馬に乗って行き来できるのに、と歌う。海を隔てた本土との往来をめぐる別れと憧れの歌である。宣長は歌の意味にはほとんど注を加えず、「おきなん」が土地の名だろうと推すだけにとどめている。分からないものを無理に解かず、資料として正確に残しておく態度である。琉球の言葉は、本土では失われた古い日本語の形を残していると後に言語学で注目されるが、宣長もまた、珍しい言葉の姿そのものに関心を寄せていた。遠い土地の人の心が、わずか二首の歌から伝わってくる。
関連する章句
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