玉勝間 / 十二の巻 夜をよさり又ようさりと云ふ事
今ノ俗に、夜を、よさりとも、ようさりとも云ふは、古き言なり。催馬樂ノ刺櫛ノ歌に、安之奈止利、與宇左利止利とあり。朝取夕取と云ふ事なり。
新字:今ノ俗に、夜を、よさりとも、ようさりとも云ふは、古き言なり。催馬楽ノ刺櫛ノ歌に、安之奈止利、与宇左利止利とあり。朝取夕取と云ふ事なり。
書き下し
今の俗に、夜を、よさりとも、ようさりとも云うは、古き言なり。催馬楽の刺櫛の歌に、あさなとり、ようさりとりとあり。朝取夕取と云う事なり。
現代語訳
今の俗語で、夜のことを「よさり」とも「ようさり」とも言うのは、古い言葉である。催馬楽の「刺櫛(さしくし)」の歌に「あさなとり、ようさりとり」とある。朝に取り、夕べに取るということである。
解説
夜を「よさり」「ようさり」と呼ぶ俗語が、実は古い言葉であることを示した短い段である。証拠は、平安時代に宮廷で歌われた民謡風の歌謡、催馬楽である。その「刺櫛」の歌に万葉仮名で「あさなとり、ようさりとり」とあり、朝に夕べにという意味で「ようさり」が使われている。「さり」は「夕さり」「春さり」などと同じく、時が移り来ることを言う語で、夜になる頃を指す。宣長は、方言や世俗の言葉を卑しいものとして退けるのではなく、その中に古語が生き残っていることにたびたび注目した。都の雅な言葉が変わってしまっても、地方や庶民の口にはかえって古い形が残る。この段も、身近な言い回しの背後に千年前の歌謡を見出す、宣長の耳のよさを示している。
関連する章句
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