玉勝間 / 十二の巻 つつみなく又つつがなくと云ふ言
同集六に、草管見身疾不有とよめる、草と云へるは、彼のから書の草居云云の說によれるか、と思ふ人もあンめれど、然にはあらず。此草ノ字は、莫を誤れるにて、是れもつつみなくなるをや。さてつつみと云ふ言の意は、大祓ノ後釋に云へれば、ここにはもらしつ。
新字:同集六に、草管見身疾不有とよめる、草と云へるは、彼のから書の草居云云の説によれるか、と思ふ人もあンめれど、然にはあらず。此草ノ字は、莫を誤れるにて、是れもつつみなくなるをや。さてつつみと云ふ言の意は、大祓ノ後釈に云へれば、ここにはもらしつ。
書き下し
同じ集六に、草管見身疾不有とよめる、草と云えるは、かのから書の草居云云の説によれるか、と思う人もあんめれど、然にはあらず。この草の字は、莫を誤れるにて、これもつつみなくなるをや。さてつつみと云う言の意は、大祓の後釈に云えれば、ここにはもらしつ。
現代語訳
同じ万葉集の巻六に「草管見身疾不有」と詠んでいる、その「草」というのは、あの中国の書物の「草居」うんぬんの説によったものかと思う人もいるようだが、そうではない。この「草」の字は「莫」を誤ったもので、これも「つつみなく」なのである。さて「つつみ」という言葉の意味は、『大祓詞後釈』で述べたので、ここでは省いた。
解説
前段の「つつみなく」の考証への補足である。万葉集巻六の一首に見える「草」の字が、恙を草むらの虫とする漢籍の説に基づくのではないか、という疑いに答えている。宣長は、これは「莫」の字を写し誤ったもので、やはり「つつみなく(莫管見)」と読むべきだとする。一見すると漢籍の説を裏づけそうな証拠でも、本文の字の誤りを疑えば別の読みが立つ。写本の誤字を正すことから始める本文批判は、古事記伝を著した宣長の得意とするところである。末尾で「つつみ」の語義は『大祓詞後釈』に述べたとして省くのは、自著どうしを参照させる書き方でである。都合のよい証拠ほど本文の確かさを疑う姿勢が学ぶに値する。
関連する章句
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『玉勝間』十一の巻 万葉集をよむこころばへ万葉集今の本、文字を誤れる所いと多し、こは近き世の事にはあらで、いと早くより、久しく誤り来ぬるものとぞ見えたる。然るに近き頃は、古学おこりて、むねとこの集を心にかくるともがら、多きが故につぎつぎによき考え出で来て、誤れる字も、ようやくに知られたること多し。されどなお知られざるも多きなり。その心してよむべきなり。むげに聞こえぬところどころなどは、大かた誤字にぞ有りける。さてまたすべて訓も、誤りいと多し。さるはこの集はじめは、訓は無かりしを、やや後に始めて附けたりし。その訓は、いといとおさなくて、えもいわぬひがことのみにして、さらに用い難きものなりしを、中むかしまでさて有りしを、仙覚と云いけるほうし、力を用いて多く訓を改めたる、今の本は、この仙覚が訓にて、もとのに比ぶれば、こよなくまさりてぞ有りける。然れどもなおよからざること多きを、近き世に契沖法師があらためたるにて、またこよなく善くなれり。
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