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玉勝間 / 十二の巻 称唯

世俗淺深秘抄に、稱唯時塞口、警蹕時開口也とある、稱唯は乎乎と申す、乎は上に宇を帶る音にて、宇於於なる故に、塞口とは云へるなり。塞口とあるによりて、宇宇と云ふことと心得るは惡ろし。さて警蹕の聲は、於於なるゆゑに、開口と云へり。これらにても、於と乎と差別ある事を知るべし。さてついでに云ふ。稱唯は、訓はヲヲトマウスとあるを、常には音にて、ヰシヨウと云へり。字のままにシヨウヰとは云はずしてかへさまに呼は、いかなる故にか有らむ知らず。八月の公事の定考を、カウヂヤウと云ふと、同じ類ひなり。かれはもしくは上皇とひとしく聞ゆるを、憚かりてさけたるなどにもや有らむ。

新字:世俗浅深秘抄に、称唯時塞口、警蹕時開口也とある、称唯は乎乎と申す、乎は上に宇を帯る音にて、宇於於なる故に、塞口とは云へるなり。塞口とあるによりて、宇宇と云ふことと心得るは悪ろし。さて警蹕の声は、於於なるゆゑに、開口と云へり。これらにても、於と乎と差別ある事を知るべし。さてついでに云ふ。称唯は、訓はヲヲトマウスとあるを、常には音にて、ヰシヨウと云へり。字のままにシヨウヰとは云はずしてかへさまに呼は、いかなる故にか有らむ知らず。八月の公事の定考を、カウヂヤウと云ふと、同じ類ひなり。かれはもしくは上皇とひとしく聞ゆるを、憚かりてさけたるなどにもや有らむ。

書き下し

世俗浅深秘抄に、称唯の時は口を塞ぎ、警蹕の時は口を開くなりとある、称唯はおおと申す、おは上に宇を帯ぶる音にて、うおおなる故に、塞口とは云えるなり。塞口とあるによりて、うう と云うことと心得るは悪ろし。さて警蹕の声は、おおなるゆえに、開口と云えり。これらにても、於と乎と差別ある事を知るべし。さてついでに云う。称唯は、訓はおおとまうすとあるを、常には音にて、いしょうと云えり。字のままにしょういとは云わずしてかえさまに呼ぶは、いかなる故にか有らむ知らず。八月の公事の定考を、こうじょうと云うと、同じ類いなり。かれはもしくは上皇とひとしく聞ゆるを、憚かりてさけたるなどにもや有らむ。

現代語訳

『世俗浅深秘抄』に「称唯(いしょう)の時は口をふさぎ、警蹕(けいひつ)の時は口を開く」とある。称唯は「をを」と申し上げるもので、「を」は頭に「う」の響きを帯びた音であって「うおお」となるから、「口をふさぐ」と言ったのである。「口をふさぐ」とあるからといって、「うう」と言うことだと心得るのは誤りだ。さて警蹕の声は「おお」であるから、「口を開く」と言った。これらからも、「お」と「を」に区別があることを知るべきである。ついでに言っておく。称唯は、訓では「ををとまうす」とあるのを、ふだんは音読みで「いしょう」と言っている。字の順のまま「しょうい」と言わずに逆さに呼ぶのは、どういうわけか分からない。八月の公事である定考(じょうこう)を「こうじょう」と言うのと同じ類いである。あれはもしかすると、「じょうこう」が上皇と同じに聞こえるのを憚って避けたのでもあろうか。

解説

宮中の作法の書『世俗浅深秘抄』(後鳥羽院の著と伝える有職の書)の一文から、仮名の「お」と「を」の音の違いを確かめた考証である。称唯は臣下が召しに答えて「をを」と応じる作法、警蹕は貴人の出入りに人を戒めて「おお」と発する声である。宣長は「を」には頭に「う」の響きが伴うので口をすぼめ、「お」はそのまま開いて発すると読み、秘抄の「塞口」「開口」の注記がまさにその証拠になると見た。宣長は『字音仮字用格』などで「お」と「を」の区別を論じ、古い仮名遣いを音の違いから説いた人である。儀礼書の一語の注記さえ、失われた発音を知る手がかりになる。後半の、称唯を「いしょう」と逆に読む習いへの疑問も、分からないことは分からないと書く率直さがよい。

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