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玉勝間 / 十一の巻 相撲人犢鼻褌の出立

同書裏書に、予撿舊記、正曆四年七月廿二日(戊申)、內大臣(右大將)於粟田相撲人給食、(公卿五人會)、凡并八番勇力、其後最手、以下五人、犢鼻褌列立庭中、見了歸入(下略)と有リ。犢鼻褌の出立、そのかみより有し事なりけり。榮華物語ノ根合ノ卷にも、すまひの事を云へる處に、はだかなるすがたどもの、並み立ちたるぞ、うとましかりけると有り。

新字:同書裏書に、予撿旧記、正暦四年七月廿二日(戊申)、内大臣(右大将)於粟田相撲人給食、(公卿五人会)、凡并八番勇力、其後最手、以下五人、犢鼻褌列立庭中、見了帰入(下略)と有リ。犢鼻褌の出立、そのかみより有し事なりけり。栄華物語ノ根合ノ巻にも、すまひの事を云へる処に、はだかなるすがたどもの、並み立ちたるぞ、うとましかりけると有り。

書き下し

同書の裏書に、予旧記を検ずるに、正暦四年七月廿二日(戊申)、内大臣(右大将)粟田において相撲人に食を給う、(公卿五人会す)、およそ并せて八番、勇力、その後最手、以下五人、犢鼻褌にて庭中に列び立つ、見了りて帰り入る(下略)と有り。犢鼻褌の出立、そのかみより有りし事なりけり。栄華物語の根合の巻にも、すまいの事を云える処に、はだかなるすがたどもの、並み立ちたるぞ、うとましかりけると有り。

現代語訳

同じ書の裏書に、「私が古い記録を調べたところ、正暦四年(993)七月二十二日(戊申)、内大臣(右大将を兼ねる)が粟田で相撲人に食事を賜った(公卿五人が集まった)。およそ合わせて八番、力比べがあり、その後、最手(ほて、筆頭の力士)以下五人が、犢鼻褌(ふんどし)姿で庭の中に並び立ち、見終わって帰り入った(以下略)」とある。ふんどし姿の出で立ちは、その当時からあったことなのである。『栄花物語』の根合の巻にも、相撲のことを述べた所に、「裸の姿の者たちが並び立っているのが、いとわしかった」とある。

解説

相撲の力士がふんどし姿で並び立つ習わしが、平安時代にまでさかのぼることを示した段である。『北山抄』の裏書に、正暦四年、内大臣藤原道兼が粟田の山荘で相撲人をもてなし、取組の後、最手と呼ばれる筆頭の力士以下が犢鼻褌で庭に並んだとある。宮中では毎年七月に相撲節会が行われ、諸国から力士が集められていた。宣長はさらに『栄花物語』から、裸の姿で並ぶ力士を「うとましい」と感じた宮廷の女房の目を添えている。同じ光景が、男たちには晴れの見物、女房たちには眉をひそめるものであったのが面白い。今の土俵入りにつながる光景を、千年前の記録の中に見いだした宣長の喜びが伝わってくる。伝統の姿は、思いのほか古くから変わらずに続いていることがある。

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