玉勝間 / 十一の巻 本生ノ父母
今ノ世には、養父母と別て、生たる父母をば、實父實母と云ふを、同じ北山抄に本生、父母とあり。これよろしき云ひざまなり。實とは、虛に對へて云ふ言なれば、實父實母と云ひては、養父母のかたを、虛假なる物にする心ばへにて、いかがなる云ひざまなり。
新字:今ノ世には、養父母と別て、生たる父母をば、実父実母と云ふを、同じ北山抄に本生、父母とあり。これよろしき云ひざまなり。実とは、虚に対へて云ふ言なれば、実父実母と云ひては、養父母のかたを、虚仮なる物にする心ばへにて、いかがなる云ひざまなり。
書き下し
今の世には、養父母と別ちて、生みたる父母をば、実父実母と云うを、同じ北山抄に本生父母とあり。これよろしき云いざまなり。実とは、虚に対えて云う言なれば、実父実母と云いては、養父母のかたを、虚仮なる物にする心ばえにて、いかがなる云いざまなり。
現代語訳
今の世では、養父母と区別して、自分を生んだ父母を実父・実母と言うが、同じ『北山抄』には「本生父母」とある。これはよい言い方である。「実」とは「虚」に対して言う言葉であるから、実父・実母と言っては、養父母の方を偽りの仮のものとするような気持ちになって、いかがなものかという言い方である。
解説
生みの親を「実父実母」と呼ぶ言い方に疑問を呈し、『北山抄』に見える「本生父母」の方がよいとした段である。「実」は「虚」の反対語であるから、生みの親を実と呼べば、養い育てた親を虚、すなわち偽りのものとするような響きが生まれる、と宣長は言う。江戸時代は武家でも商家でも家を継ぐための養子縁組がきわめて多く、養父母は実の親に劣らぬ重みを持っていた。宣長自身も一時、紙商の家に養子に入ったことがあり、この問題には実感があったのかもしれない。言葉の対になる語まで考えて、何気ない言い方に潜む価値判断を見抜く目は鋭い。家族の形が多様になった今、呼び名が人を傷つけないかという問いは、いっそう切実なものになっている。
関連する章句
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