玉勝間 / 十一の巻 どら島
そこたち賢くて、近づかずして逃げたればこそ、命もあれ、近よりなば、百千の弓矢ありとも、彼等にとりつかれなば、かなはずして、殺されなましとぞ語りける。此事は、鎭西の人京にのぼりたるが、語りけるを、聞つぎて語り傳へたるとなり。
新字:そこたち賢くて、近づかずして逃げたればこそ、命もあれ、近よりなば、百千の弓矢ありとも、彼等にとりつかれなば、かなはずして、殺されなましとぞ語りける。此事は、鎮西の人京にのぼりたるが、語りけるを、聞つぎて語り伝へたるとなり。
書き下し
そこたち賢くて、近づかずして逃げたればこそ、命もあれ、近よりなば、百千の弓矢ありとも、彼らにとりつかれなば、かなわずして、殺されなましとぞ語りける。この事は、鎮西の人京にのぼりたるが、語りけるを、聞きつぎて語り伝えたるとなり。
現代語訳
「あなたがたは賢くも、近づかずに逃げたからこそ命があるのだ。近寄っていたら、百千の弓矢があったとしても、彼らに取り付かれたら、かなわずに殺されてしまったであろう」と語った。この事は、鎮西の人で京に上った者が語ったのを、聞き継いで語り伝えたのだということである。
解説
度羅島の話の結びである。老人は、近づかずに逃げたからこそ命拾いしたのだ、取り付かれれば百千の弓矢があってもかなわなかったと語る。そして話の末尾には、九州から京に上った人の語りを聞き継いで伝えたという、説話集に特有の伝承の経路が記されている。『今昔物語集』の話の多くは、こうして誰それが語ったのを聞き伝えたという形をとり、話の確かさを保証しようとする。宣長がこの結びまで写したのは、話そのものの真偽よりも、それがどのように伝わってきたかに目を向けていたからであろう。噂や見聞が人から人へ渡り、京で書き留められて残る。情報の出どころと伝わり方を確かめる姿勢は、今のニュースの受け取り方にも通じる。
関連する章句
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『玉勝間』十一の巻 どら島同書に、今はむかし鎮西に住みける人、商いのために、数人船一艘にのりて、諸国に行き本国にかえりけるに鎮西の未申の方にあたって、はるかの沖に、大なる島あり。人すめる体なれば船中の者ども、この島にこぎ寄せて、食物のいとなみせむとて、船を寄せて、島に上がり見めぐるに、多くの人の来る音す。あやしく思いて、またふねに乗りて、これを見るに、山のかたより、男どもの、烏帽子に白き水干袴きたるが、百余人ばかり出で来たり。船の者ども、このやつどもに殺されもせむかとて、船をさし去るを見て、この者ども海に下りければ、船中の者はかねてより弓矢兵杖をぐしたれば、弓に矢をつがいて、何者どものかく追いては来るぞ、近く寄らば射むと云えば、この者どもは、弓も持たざりしかば、かなわじとや思いけむ、しばし有りて山へかえり入りにけり。船の者は恐れをなして、漕ぎもどしぬ。鎮西にかえりて後、この事を人にかたるに、年老いたる者いわく。それは度羅島と云う所なり。形は人にして人を食するなり。もし案内知らずして、その島に行けば、集まり来て、殺してくらうと聞けり。これによって人の中に、つたなくして人に似ず、みだりに物をくらう者をば、どら人と云うなり。
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『玉勝間』五の巻 いせ物がたりを読みて云はまほしき事ども一つ二つむかし男久しう云云、真名本に、云えりければの下に、女とあり。むかし女の、あだなる男の云云、女のの、の文字、ひが事なり。すべてのちょう辞は、心得有りて、おくべき所と、必ず置くまじき所との有る事なるを、これはさるわきまえをも知らぬ、後の人の、何心も無く加えたるなるべし。真名本に、女のと云う事無し。それも女と云う言足らず。むかし男、女のまだ世へずと云云、このくだり詞ととのわず。物聞えたるを、後に聞きて、などこそ有るべけれ。
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『玉勝間』十の巻 もろもろの物の事をよくしるしたる書あらまほしき事近き頃、その近き国の人に逢えりしに、この事かたりて、問いけるに、確かには知らぬさまにて、かのおのこは、みまかりぬとか、ほのかに聞きしよし云いたりし。それまことならば、いとあたらしく口惜しきわざにぞ有りける。
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『玉勝間』六の巻 古き名どころを尋ぬる事また世に名高き所などをば、外なるをも、しいておのが国おのが里のにせまほしがるならいにて、ただいささかのより所めきたる事をも、かたくとらえて、強いてここぞと云いなして、しるしを作るたぐいなど、はた世に多きを、さる心して、まどうべからず。ふみなどは、むげに見たる事無き、ひたぶるの賤の男の、覚えいて語ることは、しり口あわず、しどけなく、ひがことのみ多かれど、その中には、かえりておかしき事もまじるわざなれば、さるたぐいをも、心とどめて聞くべきわざなり。されどまた、昔なまなまの物知り人などの、尋ね来たるが、ひが定めして、ここはしかしかの跡ぞなど、教えおきたるを聞きおりて、里人は、まことにさることと信じて、子うまごなどにも、語り伝えたるたぐいも有りしなれば、うべうべしくきこゆる事も、なおひたぶるには信じがたし。またみずからそのところのさまを行き見てさだむるにも、くさぐさ心うべき事ども有り。おおかた所のさまかみさびて、木立しげく物ふりなどしたるを見れば、こここそはと、目とまる物なれど、それはたうちつけには頼みがたし。大かたなにならぬ所にも、古めきたる森はやしなどは、多く有るものなり。
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『玉勝間』十の巻 古へより伝はれる事の絶るをかなしむ事世の中に、古えの事の、いたく衰えたる、またひたぶるに絶えぬるなども多かるを、かかるめでたき御代にあたりて、何事も起したてまほしき中に、絶えたるも、跡をたずねて、またはじめむに、始めつべきは、遅くも疾くも、直毘の神の頼みの、なおのこれるを、一たび絶えては、またつぐべきよし無く、また始むべき便り無き事どもこそ、殊に云うかいなく、口惜しきわざには有りけれ。古き氏々など、神代のゆえよし重きなどは、更にも云わず、さらぬも、早く末の絶え果てぬるが多き、今は如何に思いても、二たびつぎ起すべきよし無くなん。これらを思うに、万の古き事は、わずかにも残りて、絶えざるをだに、おとしあぶさず、よくとりしたためて、今より後、絶ゆまじきさまに、如何にも如何にも、強くかたく成し置かまほしきわざぞかし。
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『玉勝間』五の巻 いせ物がたりを読みて云はまほしき事ども一つ二つさてそれを、わが本意なりと云えるなり。「今までに云云、とてやみにけりと云う詞、上に心ざしはたさむとや思いけむ、と云えるに、かなえりとも聞えず。このくだり、真字本はよく聞えたり。昔男ありけり、いかが有りけむ、その男云云は、真名本に、昔男女云云と有り、さらでは足らわず。さてやがて後ついに、この所詞重なりて、くだくだし。真名本には、さてついにと有り。さてここは、作者の語なれば、きょうまでと云えるもいかがなり。然れば、さて後ついによくてやあらん云云、とこそ有るべけれ。むくつけきことと云うより、おわぬものにや有らんと云うまでは、のろいごとを評したる語なり。むくつけきことは、むくつけき事よと云う意なり。かくて今こそは見めと云う一句は、さかでうちたる男の、のろいていえる言なるを、評する語の中へ引き出でて云えるなり。よき酒ありと聞きて、この下に詞落ちたるなり。さらでは、下にその日はと云えるも、より所無し。試みにその落ちたる詞をおぎなわば、よきさけ有りと聞きて、うえにありける人々、飲まんとて来けり。左中弁云云、などや有りけむ。あるじのはらからなるの下に、男など有らまほし。なくなりにけるを、真名本に、なくなりたる女をと有り、よろし。
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