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玉勝間 / 十一の巻 どら島

同書に、今はむかし鎭西に住ける人、商ひのために、數人船一艘にのりて、諸國に行き本國にかへりけるに鎭西の未申の方にあたつて、はるかの沖に、大なる嶋あり。人すめる躰なれば船中の者ども、此島にこぎ寄せて、食物のいとなみせむとて、船を寄せて、島に上がり見めぐるに、多くの人の來る音す。あやしく思ひて、又ふねに乘りて、これを見るに、山のかたより、男どもの、烏帽子に白き水干袴きたるが、百餘人ばかり出來たり。船の者ども、此やつどもに殺されもせむかとて、船をさし去るを見て、此者ども海に下りければ、船中の者はかねてより弓矢兵杖をぐしたれば、弓に矢をつがひて、何者どものかく追ては來るぞ、近く寄らば射むと云へば、此者どもは、弓も持たざりしかば、かなはじとや思ひけむ、しばし有て山へかへり入にけり。船の者は恐れをなして、漕ぎもどしぬ。鎭西にかへりて後、此事を人にかたるに、年老たる者いはく。それは度羅島と云ふ所なり。形は人にして人を食するなり。もし案內知らずして、その島に行けば、集り來て、殺してくらふと聞り。これによつて人の中に、つたなくして人に似ず、みだりに物をくらふ者をば、どら人と云ふなり。

新字:同書に、今はむかし鎮西に住ける人、商ひのために、数人船一艘にのりて、諸国に行き本国にかへりけるに鎮西の未申の方にあたつて、はるかの沖に、大なる嶋あり。人すめる体なれば船中の者ども、此島にこぎ寄せて、食物のいとなみせむとて、船を寄せて、島に上がり見めぐるに、多くの人の来る音す。あやしく思ひて、又ふねに乗りて、これを見るに、山のかたより、男どもの、烏帽子に白き水干袴きたるが、百余人ばかり出来たり。船の者ども、此やつどもに殺されもせむかとて、船をさし去るを見て、此者ども海に下りければ、船中の者はかねてより弓矢兵杖をぐしたれば、弓に矢をつがひて、何者どものかく追ては来るぞ、近く寄らば射むと云へば、此者どもは、弓も持たざりしかば、かなはじとや思ひけむ、しばし有て山へかへり入にけり。船の者は恐れをなして、漕ぎもどしぬ。鎮西にかへりて後、此事を人にかたるに、年老たる者いはく。それは度羅島と云ふ所なり。形は人にして人を食するなり。もし案内知らずして、その島に行けば、集り来て、殺してくらふと聞り。これによつて人の中に、つたなくして人に似ず、みだりに物をくらふ者をば、どら人と云ふなり。

書き下し

同書に、今はむかし鎮西に住みける人、商いのために、数人船一艘にのりて、諸国に行き本国にかえりけるに鎮西の未申の方にあたって、はるかの沖に、大なる島あり。人すめる体なれば船中の者ども、この島にこぎ寄せて、食物のいとなみせむとて、船を寄せて、島に上がり見めぐるに、多くの人の来る音す。あやしく思いて、またふねに乗りて、これを見るに、山のかたより、男どもの、烏帽子に白き水干袴きたるが、百余人ばかり出で来たり。船の者ども、このやつどもに殺されもせむかとて、船をさし去るを見て、この者ども海に下りければ、船中の者はかねてより弓矢兵杖をぐしたれば、弓に矢をつがいて、何者どものかく追いては来るぞ、近く寄らば射むと云えば、この者どもは、弓も持たざりしかば、かなわじとや思いけむ、しばし有りて山へかえり入りにけり。船の者は恐れをなして、漕ぎもどしぬ。鎮西にかえりて後、この事を人にかたるに、年老いたる者いわく。それは度羅島と云う所なり。形は人にして人を食するなり。もし案内知らずして、その島に行けば、集まり来て、殺してくらうと聞けり。これによって人の中に、つたなくして人に似ず、みだりに物をくらう者をば、どら人と云うなり。

現代語訳

同じ書に、今は昔、鎮西(九州)に住んでいた人が、商いのために数人で一艘の船に乗って諸国を巡り、本国へ帰る途中、鎮西の南西の方角にあたる遥か沖に大きな島があった。人が住んでいる様子なので、船の者たちはこの島に漕ぎ寄せて食事の支度をしようと、船を着けて島に上がり、見回っていると、大勢の人がやって来る音がする。怪しく思って、また船に乗ってこれを見ると、山の方から、烏帽子をかぶり白い水干と袴を着た男たちが、百人あまりも出て来た。船の者たちは、こいつらに殺されるかもしれないと思って船を離したところ、この者たちが海に下りて来たので、船の者はかねてから弓矢や武器を備えていたから、弓に矢をつがえて、「何者がこうして追って来るのか、近くに寄れば射るぞ」と言うと、この者たちは弓も持っていなかったので、かなわないと思ったのか、しばらくして山へ帰って入ってしまった。船の者は恐ろしくなって漕ぎ戻った。鎮西に帰ってからこの事を人に語ると、年老いた者が言うには、「それは度羅島という所である。姿は人でありながら人を食うのである。もし事情を知らずにその島に行けば、集まって来て殺して食うと聞いている。このことから、人の中で、愚かで人並みでなく、むやみに物を食う者を、どら人と言うのである」。

解説

『今昔物語集』から、九州の南西の沖にあるという「度羅島」の話を引いた段の前半である。商人の船が島に上がると、烏帽子に白い水干を着た男たちが百人あまり現れ、弓矢で威嚇して逃げ帰った。老人に聞けば、そこは人の姿をしながら人を食う者の住む島で、愚かでむやみに物を食う者を「どら人」と呼ぶのはこれに由来するという。度羅は、南の海の果ての国を指す古い地名ともされる。このように言葉の起こりを珍しい話に結びつける語源説は、そのまま事実とは言えないが、昔の人が異国や遠い島をどう思い描いていたかをよく伝えている。宣長は、言葉の由来にかかわる古い説話を丹念に拾い、題も「どら島」として掲げた。未知の世界への恐れが、言葉の中に形を残している例である。

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