驢鞍橋 / 卷下
去る夜半に曰く、兎角移らぬ物哉。あゝ苦勞して何の用にも立たず、頓て打腐りて、只在りて果す迄よと也。
新字:去る夜半に曰く、兎角移らぬ物哉。あゝ苦労して何の用にも立たず、頓て打腐りて、只在りて果す迄よと也。
書き下し
去る夜半に曰く、兎角移らぬ物哉。あゝ苦労して何の用にも立たず、頓て打腐りて、只在りて果す迄よと也。
現代語訳
ある夜半に言われた。とにかく移らないものだな。ああ、苦労して何の役にも立たず、やがて腐り果てて、ただそのまま果てるまでよ、と。
解説
夜半、正三は、どうしても教えが人に移らないものだ、と嘆く。苦労しても何の役にも立たず、やがてこの身は腐り果て、ただ終わるだけだ、と。多くの弟子を導きながら、自分の真意を受け継ぐ者が見当たらないという孤独と無力感が、死を前にした夜にこぼれ出ている。教える者が抱える、伝わらないことの苦しさを、飾らず吐露した短い独白である。
この章句が説くこと
伝承無力感孤独晩年独白教える苦しみ
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