玉勝間 / 十一の巻 上つ代にも一種の文字有りけんと云ふ事
近きころ或書に云へるは、以理推之、上古必應有一種文字、不則其事莫由傳焉。盖文史之興、在履中天皇時乎。神武至履中、旣歷數百載、其間政治沿革、至上下譜系、言語歌謠、旣繁且多、況開闢以降、恐非口傳所堪矣。と云へり。一わたりは誰れもみな、然思ふべき事なれとも、これはつねに文字をつかひならひて、萬の事を、それにゆだぬる世の心をもて思ふからなり、文字無かりし世は、又さて事は足りて、思ひのほかなる物にぞ有けむ。さればもし上つ代の人に、此說を聞かせたらむには、かへりて笑ひぬべきなり。
新字:近きころ或書に云へるは、以理推之、上古必応有一種文字、不則其事莫由伝焉。盖文史之興、在履中天皇時乎。神武至履中、既歴数百載、其間政治沿革、至上下譜系、言語歌謡、既繁且多、況開闢以降、恐非口伝所堪矣。と云へり。一わたりは誰れもみな、然思ふべき事なれとも、これはつねに文字をつかひならひて、万の事を、それにゆだぬる世の心をもて思ふからなり、文字無かりし世は、又さて事は足りて、思ひのほかなる物にぞ有けむ。さればもし上つ代の人に、此説を聞かせたらむには、かへりて笑ひぬべきなり。
書き下し
近きころ或る書に云えるは、理を以てこれを推すに、上古必ず応に一種の文字有るべし、しからずんばその事由りて伝うる莫し。けだし文史の興るは、履中天皇の時に在るか。神武より履中に至るまで、既に数百載を歴たり、その間政治の沿革、上下の譜系、言語歌謡に至るまで、既に繁くかつ多し、いわんや開闢以降、恐らくは口伝の堪うる所に非ず。と云えり。一わたりは誰もみな、然思うべき事なれども、これはつねに文字をつかいならいて、万の事を、それにゆだぬる世の心をもて思うからなり、文字無かりし世は、またさて事は足りて、思いのほかなる物にぞ有りけむ。さればもし上つ代の人に、この説を聞かせたらむには、かえりて笑いぬべきなり。
現代語訳
近ごろある書に、「道理によって推し量ると、上古には必ず一種の文字があったはずである。そうでなければ、その事柄を伝えるすべがない。思うに、文書や記録が興ったのは履中天皇の時であろうか。神武天皇から履中天皇に至るまで、すでに数百年を経ている。その間の政治の移り変わり、上下の系譜、言葉や歌謡に至るまで、すでに繁く多い。まして天地開闢以来のことは、恐らく口伝えで耐えられるものではない」と言っている。ひととおりは誰もみなそう思うであろうことだが、これはいつも文字を使い慣れて、あらゆる事を文字に任せている世の心で考えるからである。文字のなかった世は、それはそれで事が足りていて、思いのほかのものであったのだろう。だからもし上代の人にこの説を聞かせたら、かえって笑うに違いない。
解説
関連する章句
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うひ山ぶみ・注[チ]道をしらんためには、殊に古事記をさき上代の有さまをしるに、これにしく物なく、そのうへ神代の事も、書紀よりは、つぶさに多くしるされたれば、道をしる第一の古典にして、古学のともがらの、尤尊み学ぶべきは此書也、然るゆゑに、己、壮年より、数十年の間、心力をつくして、此記の伝四十四巻をあらはして、いにしへ学のしるべとせり、さて此記は、古伝説のまゝにしるせる書なるに、その文のなほ漢文ざまなるはいかにといふに、奈良の御代までは、仮字文といふことはなかりし故に、書はおしなべて、漢文に書るならひなりき、そもそも文字書籍は、もと漢国より出たる物なれば、皇国に渡り来ても、その用ひやう、かの国にて物をしるす法のまゝにならひて書キそめたるにて、こゝとかしこと、語のふりはたがへることあれども、片仮字も平仮字もなき以前は、はじめよりのならひのまゝに、物はみな漢文に書たりし也、仮字文といふ物は、いろは仮字出来て後の事也、いろは仮字は、今の京になりて後に、出来たり、されば古書のみな漢文なるは、古ヘのなべてのならひにこそあれ、
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