玉勝間 / 十一の巻 春日の若宮ノ社の神楽舞の歌
(扇ヲ右ヘトル)宮人の〓すれる衣にすれる衣に〓〓ゆふだすきかけて心をや〓〓たれによすらむかけて心をや〓〓〓〓〓たれによすらむ〓〓、誰によすらむ〓〓、(初ノ歌、同、シラ拍子)萬代のまつのを山のかげしげみ君をぞいのるときはかきはにやれ〓〓、(皷ノダンカシラモロ拍子ニ舞ノ手ヲカユル)(中ノ歌、上)神明所にましませば一切諸願もよしなし萬民うれへなければかむこもおきてなにかせむ、(扇ヲ左ヘトル)わがやどの千代の川竹ふしとほみさもゆくすゑのはるかなるかなやれはるかなるかな〓〓〓〓や、(扇ヲ右ヘトリテ拍子ヲキクナリ)(末ノ歌、扇左へ)うゑて見る殖てあまのまがきの竹のまがきの竹の〓〓(扇右ヘトル)ふしごとにいやこもれる千代は〓〓君のみぞみむぞみむ〓〓いやこもれる千代は〓〓君のみぞみむ
新字:(扇ヲ右ヘトル)宮人の〓すれる衣にすれる衣に〓〓ゆふだすきかけて心をや〓〓たれによすらむかけて心をや〓〓〓〓〓たれによすらむ〓〓、誰によすらむ〓〓、(初ノ歌、同、シラ拍子)万代のまつのを山のかげしげみ君をぞいのるときはかきはにやれ〓〓、(鼓ノダンカシラモロ拍子ニ舞ノ手ヲカユル)(中ノ歌、上)神明所にましませば一切諸願もよしなし万民うれへなければかむこもおきてなにかせむ、(扇ヲ左ヘトル)わがやどの千代の川竹ふしとほみさもゆくすゑのはるかなるかなやれはるかなるかな〓〓〓〓や、(扇ヲ右ヘトリテ拍子ヲキクナリ)(末ノ歌、扇左へ)うゑて見る殖てあまのまがきの竹のまがきの竹の〓〓(扇右ヘトル)ふしごとにいやこもれる千代は〓〓君のみぞみむぞみむ〓〓いやこもれる千代は〓〓君のみぞみむ
書き下し
(扇を右へとる)宮人の〓すれる衣にすれる衣に〓〓ゆうだすきかけて心をや〓〓たれによすらむかけて心をや〓〓〓〓〓たれによすらむ〓〓、誰によすらむ〓〓、(初の歌、同、しら拍子)万代のまつのお山のかげしげみ君をぞいのるときわかきわにやれ〓〓、(鼓のだんかしらもろ拍子に舞の手をかゆる)(中の歌、上)神明所にましませば一切諸願もよしなし万民うれえなければかんこもおきてなにかせむ、(扇を左へとる)わがやどの千代の川竹ふしとおみさもゆくすえのはるかなるかなやれはるかなるかな〓〓〓〓や、(扇を右へとりて拍子をきくなり)(末の歌、扇左へ)うえて見る殖えてあまのまがきの竹のまがきの竹の〓〓(扇右へとる)ふしごとにいやこもれる千代は〓〓君のみぞみむぞみむ〓〓いやこもれる千代は〓〓君のみぞみむ
現代語訳
(扇を右に取る)「宮人の(〓)摺り染めの衣に、摺り染めの衣に(〓〓)木綿襷をかけて、その心を(〓〓)誰に寄せているのだろう、かけて心を(〓〓〓〓〓)誰に寄せているのだろう(〓〓)、誰に寄せているのだろう(〓〓)」。(初めの歌。同じ。白拍子)「万代を待つという松尾山の木陰が茂っているので、わが君の御代が常磐堅磐に変わらずにあれと祈る、やれ(〓〓)」。(鼓は段頭を諸拍子に打ち、舞の手を替える)(中の歌。上に同じ)「神明がここにおいでになるので、あらゆる願い事も要らない。万民に憂いがないので、諫鼓(訴えの太鼓)を置いても何になろう」。(扇を左に取る)「わが家の千代の川竹は節と節の間が遠いので、そのように行く末の遥かなことよ、やれ遥かなことよ(〓〓〓〓や)」。(扇を右に取って拍子を聞くのである)(末の歌。扇を左へ)「植えて見る、植えて天の籬の竹の、籬の竹の(〓〓)」(扇を右に取る)「節ごとにいよいよ籠もっている千代の齢は(〓〓)、わが君だけがご覧になるだろう、ご覧になるだろう(〓〓)、いよいよ籠もっている千代の齢は(〓〓)、わが君だけがご覧になるだろう」。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十一の巻 春日の若宮ノ社の神楽舞の歌春日の若宮の社の神楽舞の歌とて、書きつけたるを、人の見せたる。(初の歌、手をかゆる、鼓のだんかしら)君が代の久しかるべきためしには神もうえけむ住吉の松やれ住吉の松やれ、(しら拍子らん拍子の鼓とおなじ)春日山いわねの松はいわねども千年をみどりの色にしり、(中の歌、これより鼓は終までおなじ手をかゆる)みねの嵐はおとせねど万歳のひびきぞ耳にみつ、三笠山生いそう松のえだごとにたえずも君がさかゆべきかなやれさかゆべきかな〓〓〓〓や、(末の歌、しおる手をかゆる、扇を左へとる、扇を右へとる)色がえぬ松と竹との末の代にいずれ久しとや君のみぞ見む、いずれ久しとや〓〓君のみぞ見む〓〓〓〓、(初の歌、あい舞の時はこれより同じ手をかゆる、しら拍子)千代までと君をいのれば三笠山みねにもおなじ声きこゆなりやれ声きこゆなりやな、(鼓はじめ同)松はいわいのためしにひかるるは春日の山の姫小松、(中の歌、上同音)八千代の玉椿いつのき川にすむ鶴ながいの浦にあそぶ亀、(末の歌、しおる、扇を左へとる)鶴の子のまたつるの子のやしわ子のそだたむ代まで君はましませやれ君はましませ、
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『玉勝間』十一の巻 肥後国の神楽歌地誉歌。むかしより世をはじめ給うおお太子よのよきことをおきてはじめん、御手幣を手にとりもちておがめば、四方の神も花とよむらん、よき馬によきくらしきて手綱かけ朝日にむいて神をしょうせん、神の父いずくにますぞ幣さしてとおりにまいる神をしょうせん、神の母いずくにますぞみくまもり出雲にまいる神をしょうせん、神しょうし磯をぞまわるあまおぶねかいかじそろえ船子さだめん。高所。たんなんたいらの神棚にかおよき女体おわします、おっとはたれぞととい(ひ)たれば松のうら葉のとみ男、おさなききんだちみやしろに学問せよとてあけたれば、うめと桜にたわむれて五葉の松とぞなり給う、われらが植木のせきようはつくつくぼうしをなべすえて、あゆみ給えばあとごとに七本蓮花の花ひらく、南おもてのひろ縁にいとげの車やりすえて、南面の泉水にようある鳥こそきていたり、この殿のみかどのまえにはよしうえてまいれる人によしといわせん、この殿の十二の柱はかねよたたおせどもひけどもなびかざらまし、この殿をあたらし殿とたれかなづく九国のとののふるやなるもの、酒殿に酒はつくりつももはらやちはらの酒ぞ神はめすらん、酒殿に風の吹かしさらさらとしげ木が本を宿とさだめん、酒殿に入り来るとみのかえらんばおかの子共と物語せん。
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『玉勝間』十一の巻 肥後国の神楽歌蔵手。いさやうちおきのみしまに塩かけてかいたる塩ぞ神はよろこぶ、東には日月さやかにひをてらす西にはよをつけよを経給う、北には一りょうみょうけん大将軍とのとのづくり南に南海をたてたり、一目のよとみの池に船うけてのぼるはやまもくだるはやまも、みさやまの諏訪のみまえの初穂花まいれる人のかざしなるもの、天照大神宮のゆうだすきかけての後ぞたのしかるもの、水神のましましさきに綾はえて錦をはえてとくと踏せん、土佐の国はたの郡の北野なる客の天神といわいそめけん、土佐の国ありほが嶽にてる紅葉くれない紅葉色かえて見ん。上の件りの歌どもは、肥後国の神楽歌なりとて、かの国人の見せたるなり。かの国には、いずれの社の神楽にも、この歌どもをうたうとぞ。
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『玉勝間』十一の巻 堀川ノ天皇神楽を多ノ近方に伝へさせ給へる事神楽の曲は、すでに絶えぬべかりける事を、御門の御口より給いける。めでたかりける事なり。(私に云う、堀川院御宸筆の神楽譜、多近方に給いて、今多朝臣久時、同じく子久泰まで所持し畢んぬ。)
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『玉勝間』十三の巻 信濃国の或村村の神事にうたふ歌ある人の云わく、しなのの国の、天竜川の河上なる、川村和田きさわなど云う里里の神事に、湯釜に湯をわかしたぎらせて、そのめぐりに、幣を立ておきて、夜更けて、その釜のほとりに、里人男女、老いたる少き打ち交じりつどいて、その幣をとり持ちて、うたう歌。おゆめすときのな、おみかげこぐそ〓〓、やくもだのぼれ〓〓、
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『玉勝間』九の巻 みちのくの田うゑ歌昼上り、日を見れば、ひるまになり候、昼いいもちのおそさよ、昼いいはいでき候が、椀を何具そろえた、百三具揃えた、昼いいはいでき申したが、おけくさになになに、いそやわかめ苅りあげて、たいをまねふくろから曲、鎌倉へのぼる道には、おうなににたる石あり、男よりて手だにかくれば、なよれかかる石あり、かまくらの御所の舘は、二階作りの八つむねに、むねさわしをふせて、二階づくりの八つむね、鎌倉の御所のやかたの、百千本の竹の子、百千本がのたつなら御所は名所となるべい。夕暮、夕ぐれに出て見れば、前田わせがそよめく、そよめかば、おかりやれや、百や廿余人、百廿余人のその中に、どれがこなたの聟殿、紅の鉢巻に、左鎌が聟殿、上りはか、上りはかのこんそめには、誰もけんてにかけるな、玉のみこしでむかえ申そ、誰もけんてにかけるな、笠の上で蝉が鳴き候、おいとま申すぞ田の神。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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