玉勝間 / 一の巻 わたくしに記せる史
世におほやけの史にはあらで、私に御代御代の事を記せる書、これかれと多かるを、昔の皇國人は、佛を尊ばぬは一人も無かりしかば、斯かる書にさへ、ともすればえうなき佛ざたのまじりて、うるさく、今見るには、かたはらいたき事多し。又さかしら心に、神代にはあやしき事のみ多くして、からめかぬをいとひて、多くは神武天皇より始めてしるして、神代の程をばはぶけるは、から國のむねむねしき書に、さるたぐひの有るを、善き事と思ひて、ならへる物なり。そもそも外國國は、その王のすぢ、定まれる事無くして、世世に變れば、心にまかせて、いづれの代より記さむも難無きを、御國の皇統は、さらに外國の王のたぐひにはましまさず、天照大御神の天津日嗣にましまして、天地と共に、とこしへに傳はらせ給ふを、その本の始めをはぶき捨てて、なからより記して善からめや。萬つをから國にならふも、事によりては、心すべきわざぞかし。
新字:世におほやけの史にはあらで、私に御代御代の事を記せる書、これかれと多かるを、昔の皇国人は、仏を尊ばぬは一人も無かりしかば、斯かる書にさへ、ともすればえうなき仏ざたのまじりて、うるさく、今見るには、かたはらいたき事多し。又さかしら心に、神代にはあやしき事のみ多くして、からめかぬをいとひて、多くは神武天皇より始めてしるして、神代の程をばはぶけるは、から国のむねむねしき書に、さるたぐひの有るを、善き事と思ひて、ならへる物なり。そもそも外国国は、その王のすぢ、定まれる事無くして、世世に変れば、心にまかせて、いづれの代より記さむも難無きを、御国の皇統は、さらに外国の王のたぐひにはましまさず、天照大御神の天津日嗣にましまして、天地と共に、とこしへに伝はらせ給ふを、その本の始めをはぶき捨てて、なからより記して善からめや。万つをから国にならふも、事によりては、心すべきわざぞかし。
書き下し
世におおやけの史にはあらで、私に御代御代の事を記せる書、これかれと多かるを、昔の皇国人は、仏を尊ばぬは一人も無かりしかば、斯かる書にさえ、ともすればようなき仏ざたのまじりて、うるさく、今見るには、かたわらいたき事多し。またさかしら心に、神代にはあやしき事のみ多くして、からめかぬをいといて、多くは神武天皇より始めてしるして、神代の程をばはぶけるは、から国のむねむねしき書に、さるたぐいの有るを、善き事と思いて、ならえる物なり。そもそも外国々は、その王のすじ、定まれる事無くして、世々に変われば、心にまかせて、いづれの代より記さむも難無きを、御国の皇統は、さらに外国の王のたぐいにはましまさず、天照大御神の天津日嗣にましまして、天地と共に、とこしえに伝わらせ給うを、その本の始めをはぶき捨てて、なからより記して善からめや。万づをから国にならうも、事によりては、心すべきわざぞかし。
現代語訳
世に、朝廷の正史ではなく、私的に歴代の御代のことを記した書があれこれと多いが、昔の日本人は仏を尊ばない者が一人もいなかったので、こうした書にさえ、ともすれば不要な仏教の話が混じっていて煩わしく、今見ると見苦しいことが多い。また小賢しい心から、神代には不思議なことばかり多くて漢風でないのを嫌って、多くは神武天皇から書き始めて神代の部分を省いているのは、中国の重々しい書物にそうした類があるのを良いことと思って、まねたものである。そもそも外国は、その王の血筋が定まっておらず、代々変わるので、思うままにどの代から記しても差し支えないが、わが国の皇統は、外国の王の類ではまったくなく、天照大御神の天津日嗣(皇位)であって、天地とともに永久に伝わっておられるのだから、その根本の始まりを省いて、途中から記してよいものだろうか。何事も中国にならうのも、事によっては気をつけるべきことである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十一の巻 上つ代にも一種の文字有りけんと云ふ事近きころ或る書に云えるは、理を以てこれを推すに、上古必ず応に一種の文字有るべし、しからずんばその事由りて伝うる莫し。けだし文史の興るは、履中天皇の時に在るか。神武より履中に至るまで、既に数百載を歴たり、その間政治の沿革、上下の譜系、言語歌謡に至るまで、既に繁くかつ多し、いわんや開闢以降、恐らくは口伝の堪うる所に非ず。と云えり。一わたりは誰もみな、然思うべき事なれども、これはつねに文字をつかいならいて、万の事を、それにゆだぬる世の心をもて思うからなり、文字無かりし世は、またさて事は足りて、思いのほかなる物にぞ有りけむ。さればもし上つ代の人に、この説を聞かせたらむには、かえりて笑いぬべきなり。
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『玉勝間』九の巻 書紀の本書一書の事書紀神代の巻の段々に、同じ事の異あるを、別に一書に曰くとて、いくつも挙げられたるは、そのかみ古き伝えの書どもあまた有りしを、此れをも彼れをも、遺されざるにて、そは論無く、よろしきを、本書はしも、ここに一つの古書に、とおして由られたるには有らずして、あまたが中に、いささかにても、漢意に近く、ことよれる限りを、撰者の心もて、これかれを択り出で、とり集めて、書きつづけられたる物と見えて、始めおわりとおらざる事ども有り。まず天照大御神の大御名、はじめには、ただ大日孁貴と号すとのみ記して、亦の名天照大神など云う事も無きに、次の段よりは天照大神と記されたるは、これ初めと後と違いたり。天照大神と申すは、一書にしるせる御名にして、本書にもはじめには、ただ一書に曰く天照大神と、注に記されたれば、異なる伝えにこそ有れ。然るに次にいたりて、俄かにその御名をしも挙げられたるは、これかの大日孁貴の御事なりとは、何をもて知らむ。天照大神と申すは、その初めいかなる神とも知られざるがごとし。
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『玉勝間』二の巻 神典のときざま中昔よりこなた、神典を説く人ども、古の意言をばたずねむ物とも思いたらず、ただひたぶるに、外国の儒仏の意にすがりて、その理をのみ思いさだして、万葉を見ず、むげに古の意言を知らざるが故に、かのから意のことわりの外に、別に古の旨ありて、明らかなることをえ知らず、これによりて古のむねはことごとくうずもれて顕れず、神の御ふみも、皆から意になりて、道明らかならざるなり、かくておのが神の御書をとく趣は、世のつねの説どもとはいたく異にして、世世の人のいまだ云わざる事どもなる故に、世の学者、とりどりにとがむる事おおし。されどそはただ、さきの人人の、ひたすら漢意にすがりて説きたる説をのみ聞きなれて、みずからも同じく、いまだからごころのくせの清く去らざるから、そのわろき事をえさとらざるものなり。おのが云うおもむきは、ことごとく古事記書紀にしるされたる、古の伝説のままなり。世の人人の云うは、皆そのまどい居る漢意に説き曲げたるわたくし事にて、いたく古の伝説と異なり。このけじめは、古事記書紀をよく見ば、おのずから分かるべき物をや。もしおのが説をとがめむとならば、まず古事記書紀をとがむべし。この御典どもを信ぜんかぎりは、おのが説をとがむる事えじ。
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『玉勝間』三の巻 神の御ふみをとける世世のさま神の御典を説く事、むかしは紀伝道の儒者の職にて、その説ける書、弘仁より代代の、日本紀私記これなり。そはいずれも、ただ漢学の余力をもて考えたるのみにして、神の御典をもはら学びたるものに有らざるが故に、古の意詞にくらく、すべてういういしく浅はかにて、もとより道の旨趣も、いかなるさまとも、説きたる事無く、唯だ文によりて、有るべきままに云えるばかりなり。然れども皇朝の昔の儒者は、すべてから国のように、己が殊にたてたる心は無かりし故に、神の御ふみを説くとても、漢意に説きまげたる、私説もおさおさ見えず、儒意によれる強説も無くて、やすらかには有りしを、後の世に至りては、殊に神学と云う一ながれ出来て、もはらにするともがらし有れば、つぎつぎに委しくはなりもて行けど、なべての世の物知り人の心、なまさかしくなりて、神の御ふみを説く者も、さかしらを先にたてて、文のままには物せず、おのが好むすじに引きつけて、或るは仏意、或るは儒意に、説き曲ぐる事となれり。
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『玉勝間』一の巻 漢意然るに神の御典を説くともがら、もはらこれらの理をもて説くなるは、いかなるしれわざぞや。近き頃にいたりて、儒意をのぞきて説くと思う人も、なおこの天理・陰陽などの説のひが事なるをば、えさとらず、その垣内を出ではなるる事あたわざるは、なお漢意のきよく去らで、かれにまどえる夢の、いまだ確かにさめざるなり。また天照大御神を、天津日にはあらずとするも、漢意の小さき理にかかわりなづみて、まことの道の、微妙なる深きことわり有ることを思わざるものなり。この大御神天津日にましまして、その御孫命天より降り坐して、御国しろしめす御事は、人のちいさきさとりをもて、その理は測り知らるべききわにあらず。おのが智もてはかり知る事あたわざるをもて、その理無しと思うは、例の小さきから意なるをや。
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うひ山ぶみ・注[チ]道をしらんためには、殊に古事記をさき多くいろは仮字をのみ用ひたるから、かゝる名目も有也、書紀をよむには大に心得あり云々、書紀は、朝廷の正史と立られて、御世々々万の事これによらせ給ひ、世々の学者も、これをむねと学ぶこと也、まことに古事記は、しるしざまは、いとめでたく尊けれども、神武天皇よりこなたの、御代々々の事をしるされたる、甚あらくすくなくして、広からず、審ならざるを、此紀は、広く詳にしるされたるほど、たぐひなく、いともたふとき御典也、此御典なくては、上古の事どもを、ひろく知べきよしなし、然はあれども、すべて漢文の潤色多ければ、これをよむに、はじめよりその心得なくてはあるべからず、然るを世間の神学者、此わきまへなくして、ただ文のまゝにこゝろえ、返て漢文の潤色の所を、よろこび尊みて、殊に心を用るほどに、すべての解し様、ことごとく漢流の理窟にして、いたく古ヘの意にたがへり、これらの事、大抵は古事記伝の首巻にしるせり、猶又別に、神代紀のうずの山蔭といふ物を書ていへり、ひらき見るべし、六国史といふ云々、六国史のうち日本後紀は、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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