玉勝間 / 十一の巻 旧事大成経と云ふ偽書の事
撰先代舊事本紀と云ふ僞書七十二卷有、先代舊事大成經とも云ふ。潮音と云ひし僧、志摩、國の伊雜ノ宮の祠人某とあひはかりて、造れりしを、いつはり顯はれて、天和元年に、かの二人ともに、流罪になりて、此書ゑれる板も燒すてられにき。潮音は、黄蘗と云ふ流の禪ほうしなりしとぞ。
新字:撰先代旧事本紀と云ふ偽書七十二巻有、先代旧事大成経とも云ふ。潮音と云ひし僧、志摩、国の伊雑ノ宮の祠人某とあひはかりて、造れりしを、いつはり顕はれて、天和元年に、かの二人ともに、流罪になりて、此書ゑれる板も焼すてられにき。潮音は、黄蘗と云ふ流の禅ほうしなりしとぞ。
書き下し
撰先代旧事本紀と云う偽書七十二巻有り、先代旧事大成経とも云う。潮音と云いし僧、志摩の国の伊雑の宮の祠人某とあいはかりて、造れりしを、いつわり顕われて、天和元年に、かの二人ともに、流罪になりて、この書えれる板も焼き捨てられにき。潮音は、黄檗と云う流の禅ほうしなりしとぞ。
現代語訳
『撰先代旧事本紀』という偽書七十二巻がある。『先代旧事大成経』ともいう。潮音という僧が、志摩国の伊雑宮の神職の某と示し合わせて作ったものであったが、偽りが露見して、天和元年(1681)に、その二人はともに流罪となり、この書を彫った版木も焼き捨てられた。潮音は黄檗という宗派の禅僧であったという。
解説
江戸時代前期に世を騒がせた偽書『先代旧事大成経』の事件を記した段である。聖徳太子の撰と称して刊行されたこの書は、伊雑宮こそ伊勢の本宮であると主張する内容を含んでいたため、伊勢神宮の訴えにより幕府が偽書と断じて版木を焼かせた。宣長は黄檗宗の僧潮音と伊雑宮の神職が共謀したと記している。前段の吉田神道の「三部神経」に続いて偽書を取り上げたのは、神道の名を借りた作り事が世に出回っていたことへの警告である。伊勢に近い松坂に住む宣長にとって、伊勢の神宮の由緒を揺るがそうとしたこの事件は身近な問題でもあった。古い権威をかたって新しい主張を通そうとする手口は、いつの時代にも繰り返される。
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