玉勝間 / 十一の巻 三部神経と云ふ偽書の事
三部の神經と云ふ物あり、天元神變神妙經、地元神通神妙經、人元神力神妙經これなり。みな天ノ兒屋根ノ命の神宣なるを、後に北斗七元星宿眞君降り來て、漢字にうつして、經とすと、或ものに云へり。昔はかばかり拙なき事を造り云ひても、世の人はあざむかれしなり。その書はいまだ見ざれども、まづ題號のやう、からぶみ佛ぶみを、うらやみへつらひたる程、いとをかし。神道者と云ふともがらの家には、斯かるをかしき書ども多かるなり。
新字:三部の神経と云ふ物あり、天元神変神妙経、地元神通神妙経、人元神力神妙経これなり。みな天ノ児屋根ノ命の神宣なるを、後に北斗七元星宿真君降り来て、漢字にうつして、経とすと、或ものに云へり。昔はかばかり拙なき事を造り云ひても、世の人はあざむかれしなり。その書はいまだ見ざれども、まづ題号のやう、からぶみ仏ぶみを、うらやみへつらひたる程、いとをかし。神道者と云ふともがらの家には、斯かるをかしき書ども多かるなり。
書き下し
三部の神経と云う物あり、天元神変神妙経、地元神通神妙経、人元神力神妙経これなり。みな天の児屋根の命の神宣なるを、後に北斗七元星宿真君降り来て、漢字にうつして、経とすと、或るものに云えり。昔はかばかり拙なき事を造り云いても、世の人はあざむかれしなり。その書はいまだ見ざれども、まず題号のよう、からぶみ仏ぶみを、うらやみへつらいたる程、いとおかし。神道者と云うともがらの家には、かかるおかしき書ども多かるなり。
現代語訳
三部の神経というものがある。『天元神変神妙経』『地元神通神妙経』『人元神力神妙経』がそれである。みな天児屋根命の神のお告げであるのを、後に北斗七元星宿真君が天降って来て、漢字に写して経としたのだと、ある書に言っている。昔はこれほど拙いことを作り上げて言っても、世の人はだまされたのである。その書はまだ見ていないが、まず題名の付け方からして、漢籍や仏典をうらやみ、へつらっている様子が、たいへん滑稽である。神道者という輩の家には、このような滑稽な書が多いのである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』四の巻 両部神道大かた天の下の神社、中昔より、ほうしの仕うるが多くなれるから、さらぬ社をば、俗に唯一と云い、ほうしの仕うる社を、両部と云う。また別に両部神道と名のる一ながれも有り。その説に云わく、聖徳太子、舎人親王もみな両部神道なり、さて空海諸道に通達して、神道の奥義をきわめ、この両部神道を中興せり、嵯峨の天皇これを叡感有りて、両部神道と云う号を下し給うと云えり。まづ是れ皆そら事なり。さてその説ざまは、神儒仏の三教の、勝を取りて劣を捨つと云い、また今日目前の万物の理を以て、天地の始終をも知ると云えり。今論めて云わく、これ皆いみしきひがことなり。まづ三教の勝をとるとは云えれども、その説ける事どもを見るに、ただ儒と仏とをのみ取りて、神の道の意を取れる事はさらに無し。すべて仏の道をむねとして、儒をまじえ、また天文の事を多く云えり。かくて神の道は、ただ書紀の神代の巻の、天地のはじまりの所の、潤色の漢文と、国常立など神の御名を、おりおり出だせるばかりにこそあれ、その道の意とては、露ばかりも見えず。いかでか是れを神道と名づくる事を得む。また天文の事も、さらに道にはあずからぬ事なり。
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『玉勝間』三の巻 神の御ふみをとける世世のさまさていよいよ心さかしく成りもて行くままに、近き世となりては、又ようように、かの仏ごころをまじうるが、ひがことなる事をさとりて、それをばことごとくのぞきて説く事となれり。然れどもそれは、まことに古の意をさとりて然るにはあらず、唯だ儒意のすすめるから、厭えるものなり。さる故に、近き世に、神の道とて説く趣は、ひたすら儒にして、さらに神の道にかなわず。このともがら、かの仏に流れたる事のひがことをば知りながら、みずから又儒にながるる事を、えさとらざるは、いかにぞや。かくして又近き世には、然か儒による事の悪ろきをも、やや知りて、つとめて是れをのぞかんとする者も、これかれとほのめくめれども、其れはたいまだ清く漢意をはなるる事あたわで、天理陰陽など云う説をば、猶まことと心得、ともすれば、例のさかしらの立ちいでては、高天の原を帝都の事とし、天照大御神を、天つ日にあらずとし、海神宮を、一つの島なりとするたぐい、すべてかように、おのが私の心をもて、さまざまに説き曲ぐる事をえまぬかれざるは、猶みな漢意なるを、みずからさも覚えざるは、さる癖の、世の人の心の底に、しみつきたるならいぞかし。
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『玉勝間』四の巻 両部神道ただおのがわたくしの新ばり道なるを、神道としも名づけたるは、いかなる故ぞと云うに、儒の道仏の道は、あだし国よりわたりもうで来つる道にして、神の道ぞ、皇国の本よりの道なれば、後の世と云えども、世の人なお、他国の道によらんよりは、同じくは吾が国の道をこそは尊むべけれ、と思う心も、さすがに多く有る物なれば、さる世の人をおもむけむ為に、わが国の道と云う名をかりたる物にして、このともがらの祖とする、昔の法師なども、然かにぞ有りける。そのかみなお国々の民どもは、もはら神を尊みあおげる故に、まづその神を引きこめて、おのが道の中の物にしなして、かしこくも仏の奴の如く説きなして、人の心をうつさせたる物ぞかし。ちかき世の両部神道の、神道と云う名も、この心ばえを以てなり。
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『玉勝間』三の巻 神の御ふみをとける世世のさま神の御典を説く事、むかしは紀伝道の儒者の職にて、その説ける書、弘仁より代代の、日本紀私記これなり。そはいずれも、ただ漢学の余力をもて考えたるのみにして、神の御典をもはら学びたるものに有らざるが故に、古の意詞にくらく、すべてういういしく浅はかにて、もとより道の旨趣も、いかなるさまとも、説きたる事無く、唯だ文によりて、有るべきままに云えるばかりなり。然れども皇朝の昔の儒者は、すべてから国のように、己が殊にたてたる心は無かりし故に、神の御ふみを説くとても、漢意に説きまげたる、私説もおさおさ見えず、儒意によれる強説も無くて、やすらかには有りしを、後の世に至りては、殊に神学と云う一ながれ出来て、もはらにするともがらし有れば、つぎつぎに委しくはなりもて行けど、なべての世の物知り人の心、なまさかしくなりて、神の御ふみを説く者も、さかしらを先にたてて、文のままには物せず、おのが好むすじに引きつけて、或るは仏意、或るは儒意に、説き曲ぐる事となれり。
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『玉勝間』二の巻 神典のときざま中昔よりこなた、神典を説く人ども、古の意言をばたずねむ物とも思いたらず、ただひたぶるに、外国の儒仏の意にすがりて、その理をのみ思いさだして、万葉を見ず、むげに古の意言を知らざるが故に、かのから意のことわりの外に、別に古の旨ありて、明らかなることをえ知らず、これによりて古のむねはことごとくうずもれて顕れず、神の御ふみも、皆から意になりて、道明らかならざるなり、かくておのが神の御書をとく趣は、世のつねの説どもとはいたく異にして、世世の人のいまだ云わざる事どもなる故に、世の学者、とりどりにとがむる事おおし。されどそはただ、さきの人人の、ひたすら漢意にすがりて説きたる説をのみ聞きなれて、みずからも同じく、いまだからごころのくせの清く去らざるから、そのわろき事をえさとらざるものなり。おのが云うおもむきは、ことごとく古事記書紀にしるされたる、古の伝説のままなり。世の人人の云うは、皆そのまどい居る漢意に説き曲げたるわたくし事にて、いたく古の伝説と異なり。このけじめは、古事記書紀をよく見ば、おのずから分かるべき物をや。もしおのが説をとがめむとならば、まず古事記書紀をとがむべし。この御典どもを信ぜんかぎりは、おのが説をとがむる事えじ。
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『玉勝間』一の巻 三社の託宣といふ物同記に曰く、文亀二年二月十日、侍従二位(兼倶卿)所望の三社託宣、并びに天神の名号、云々。以上今日之を書きて之を遣わす、また、同十七日、三社託宣一幅、兼永朝臣の所望にて之を書く。
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