玉勝間 / 十一の巻 春日の若宮ノ社の神楽舞の歌
春日の若宮ノ社の神樂舞の歌とて、書つけたるを、人の見せたる。(初ノ歌、手ヲカユル、皷ノダンカシラ)君が代の久しかるべきためしには神もうゑけむ住吉の松やれ住吉の松やれ、(シラ拍子ラン拍子ノ鼓トオナジ)春日山いはねの松はいはねども千年をみどりの色にしり、(中ノ歌、是ヨリ鼓ハ終マデオナジ手ヲカユル)みねの嵐はおとせねど萬歲のひびきぞ耳にみつ、三笠山生そふ松のえだごとにたえずも君がさかゆべきかなやれさかゆべきかな〓〓〓〓や、(末ノ歌、シホル手ヲカユル、扇ヲ左ヘトル、扇ヲ右ヘトル)色がへぬ松と竹との末の代にいづれ久しとや君のみぞ見む、いづれ久しとや〓〓君のみぞ見む〓〓〓〓、(初ノ歌、アヒ舞ノ時ハ是ヨリ同手ヲカユル、シラ拍子)千代までと君をいのれは三笠山みねにもおなじ聲きこゆなりやれ聲きこゆなりやな、(皷ハジメ同)松はいはひのためしにひかるるは春日の山の姫小松、(中ノ歌、上同音)八千代の玉椿いつのき川にすむ鶴ながゐの浦にあそぶ龜、(末ノ歌、シホル、扇ヲ左ヘトル)鶴の子のまたつるの子のやしは子のそだたむ代まで君はましませやれ君はましませ、
新字:春日の若宮ノ社の神楽舞の歌とて、書つけたるを、人の見せたる。(初ノ歌、手ヲカユル、鼓ノダンカシラ)君が代の久しかるべきためしには神もうゑけむ住吉の松やれ住吉の松やれ、(シラ拍子ラン拍子ノ鼓トオナジ)春日山いはねの松はいはねども千年をみどりの色にしり、(中ノ歌、是ヨリ鼓ハ終マデオナジ手ヲカユル)みねの嵐はおとせねど万歳のひびきぞ耳にみつ、三笠山生そふ松のえだごとにたえずも君がさかゆべきかなやれさかゆべきかな〓〓〓〓や、(末ノ歌、シホル手ヲカユル、扇ヲ左ヘトル、扇ヲ右ヘトル)色がへぬ松と竹との末の代にいづれ久しとや君のみぞ見む、いづれ久しとや〓〓君のみぞ見む〓〓〓〓、(初ノ歌、アヒ舞ノ時ハ是ヨリ同手ヲカユル、シラ拍子)千代までと君をいのれは三笠山みねにもおなじ声きこゆなりやれ声きこゆなりやな、(鼓ハジメ同)松はいはひのためしにひかるるは春日の山の姫小松、(中ノ歌、上同音)八千代の玉椿いつのき川にすむ鶴ながゐの浦にあそぶ亀、(末ノ歌、シホル、扇ヲ左ヘトル)鶴の子のまたつるの子のやしは子のそだたむ代まで君はましませやれ君はましませ、
書き下し
春日の若宮の社の神楽舞の歌とて、書きつけたるを、人の見せたる。(初の歌、手をかゆる、鼓のだんかしら)君が代の久しかるべきためしには神もうえけむ住吉の松やれ住吉の松やれ、(しら拍子らん拍子の鼓とおなじ)春日山いわねの松はいわねども千年をみどりの色にしり、(中の歌、これより鼓は終までおなじ手をかゆる)みねの嵐はおとせねど万歳のひびきぞ耳にみつ、三笠山生いそう松のえだごとにたえずも君がさかゆべきかなやれさかゆべきかな〓〓〓〓や、(末の歌、しおる手をかゆる、扇を左へとる、扇を右へとる)色がえぬ松と竹との末の代にいずれ久しとや君のみぞ見む、いずれ久しとや〓〓君のみぞ見む〓〓〓〓、(初の歌、あい舞の時はこれより同じ手をかゆる、しら拍子)千代までと君をいのれば三笠山みねにもおなじ声きこゆなりやれ声きこゆなりやな、(鼓はじめ同)松はいわいのためしにひかるるは春日の山の姫小松、(中の歌、上同音)八千代の玉椿いつのき川にすむ鶴ながいの浦にあそぶ亀、(末の歌、しおる、扇を左へとる)鶴の子のまたつるの子のやしわ子のそだたむ代まで君はましませやれ君はましませ、
現代語訳
春日の若宮の社の神楽舞の歌だといって書き付けたものを、人が見せてくれた。(初めの歌。舞の手を替える。鼓は段頭の打ち方)「わが君の御代が長く続くはずの証しとして、神も植えたのであろう、住吉の松よ、やれ住吉の松よ」。(白拍子・乱拍子の鼓と同じ)「春日山の岩根の松は、言わないけれども、千年の齢をその緑の色で知らせている」。(中の歌。ここから鼓は終わりまで同じ。舞の手を替える)「峰の嵐は音を立てないけれども、万歳を祝う響きが耳に満ちている」。「三笠山に生え添う松の枝ごとに、絶えることなくわが君は栄えるに違いない、やれ栄えるに違いない」(〓〓〓〓や)。(末の歌。しおる手に替える。扇を左に取る。扇を右に取る)「色を変えない松と竹の、末の代にどちらが久しいか、それはわが君だけがご覧になるだろう、どちらが久しいか(〓〓)わが君だけがご覧になるだろう」(〓〓〓〓)。(初めの歌。相舞の時はここから同じ手に替える。白拍子)「千代までもと君を祈れば、三笠山の峰にも同じ声が聞こえる、やれ声が聞こえるよ」。(鼓は初めと同じ)「松が祝いの証しに引かれるのは、春日の山の姫小松である」。(中の歌。上と同じ節)「八千代の玉椿、泉川(いつのき川)に住む鶴、長居の浦に遊ぶ亀」。(末の歌。しおる。扇を左に取る)「鶴の子の、またその鶴の子の、玄孫が育つ代まで、わが君は生きておいでなさい、やれ君は生きておいでなさい」。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十一の巻 春日の若宮ノ社の神楽舞の歌(扇を右へとる)宮人の〓すれる衣にすれる衣に〓〓ゆうだすきかけて心をや〓〓たれによすらむかけて心をや〓〓〓〓〓たれによすらむ〓〓、誰によすらむ〓〓、(初の歌、同、しら拍子)万代のまつのお山のかげしげみ君をぞいのるときわかきわにやれ〓〓、(鼓のだんかしらもろ拍子に舞の手をかゆる)(中の歌、上)神明所にましませば一切諸願もよしなし万民うれえなければかんこもおきてなにかせむ、(扇を左へとる)わがやどの千代の川竹ふしとおみさもゆくすえのはるかなるかなやれはるかなるかな〓〓〓〓や、(扇を右へとりて拍子をきくなり)(末の歌、扇左へ)うえて見る殖えてあまのまがきの竹のまがきの竹の〓〓(扇右へとる)ふしごとにいやこもれる千代は〓〓君のみぞみむぞみむ〓〓いやこもれる千代は〓〓君のみぞみむ
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『玉勝間』十一の巻 肥後国の神楽歌地誉歌。むかしより世をはじめ給うおお太子よのよきことをおきてはじめん、御手幣を手にとりもちておがめば、四方の神も花とよむらん、よき馬によきくらしきて手綱かけ朝日にむいて神をしょうせん、神の父いずくにますぞ幣さしてとおりにまいる神をしょうせん、神の母いずくにますぞみくまもり出雲にまいる神をしょうせん、神しょうし磯をぞまわるあまおぶねかいかじそろえ船子さだめん。高所。たんなんたいらの神棚にかおよき女体おわします、おっとはたれぞととい(ひ)たれば松のうら葉のとみ男、おさなききんだちみやしろに学問せよとてあけたれば、うめと桜にたわむれて五葉の松とぞなり給う、われらが植木のせきようはつくつくぼうしをなべすえて、あゆみ給えばあとごとに七本蓮花の花ひらく、南おもてのひろ縁にいとげの車やりすえて、南面の泉水にようある鳥こそきていたり、この殿のみかどのまえにはよしうえてまいれる人によしといわせん、この殿の十二の柱はかねよたたおせどもひけどもなびかざらまし、この殿をあたらし殿とたれかなづく九国のとののふるやなるもの、酒殿に酒はつくりつももはらやちはらの酒ぞ神はめすらん、酒殿に風の吹かしさらさらとしげ木が本を宿とさだめん、酒殿に入り来るとみのかえらんばおかの子共と物語せん。
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『玉勝間』十一の巻 肥後国の神楽歌蔵手。いさやうちおきのみしまに塩かけてかいたる塩ぞ神はよろこぶ、東には日月さやかにひをてらす西にはよをつけよを経給う、北には一りょうみょうけん大将軍とのとのづくり南に南海をたてたり、一目のよとみの池に船うけてのぼるはやまもくだるはやまも、みさやまの諏訪のみまえの初穂花まいれる人のかざしなるもの、天照大神宮のゆうだすきかけての後ぞたのしかるもの、水神のましましさきに綾はえて錦をはえてとくと踏せん、土佐の国はたの郡の北野なる客の天神といわいそめけん、土佐の国ありほが嶽にてる紅葉くれない紅葉色かえて見ん。上の件りの歌どもは、肥後国の神楽歌なりとて、かの国人の見せたるなり。かの国には、いずれの社の神楽にも、この歌どもをうたうとぞ。
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『玉勝間』十三の巻 信濃国の或村村の神事にうたふ歌ある人の云わく、しなのの国の、天竜川の河上なる、川村和田きさわなど云う里里の神事に、湯釜に湯をわかしたぎらせて、そのめぐりに、幣を立ておきて、夜更けて、その釜のほとりに、里人男女、老いたる少き打ち交じりつどいて、その幣をとり持ちて、うたう歌。おゆめすときのな、おみかげこぐそ〓〓、やくもだのぼれ〓〓、
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『玉勝間』九の巻 神をなほざりに思ひ奉る世のならひをかなしむ事そもそも宣長、かかるすじの事を、かえすがえす云い出づる、人はうるさしとも思うらめど、この事のうれたさの、明け暮れ心に忘らるる間も無く覚ゆるから、筆だにとれば、書きいでまほしくてなん。治まれる御代のしるしを千木たかく神のやしろに見るよしもがな
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『玉勝間』十一の巻 堀川ノ天皇神楽を多ノ近方に伝へさせ給へる事神楽の曲は、すでに絶えぬべかりける事を、御門の御口より給いける。めでたかりける事なり。(私に云う、堀川院御宸筆の神楽譜、多近方に給いて、今多朝臣久時、同じく子久泰まで所持し畢んぬ。)
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