玉勝間 / 二の巻 いせの国なる辛洲ノ社
伊勢ノ國の壹志ノ郡に、辛洲ノ社と云ふあり。古き社とは見ゆれど、いかなる神におはすらん、さだかならず。俗には天照大御神の御妹にますと申すなり。近き頃、神別本紀と名づけたる物を見れば、天照大神の御妹に、可良須女ノ命と云ふあるは、かの俗說によりて、造り出たる名なり。此書は、書籍目錄に此名見えて、世には傳はらぬ書なるを、それなりとして、なまさかしき者の、近き世に僞り作れる物と見えて、後の世めきたる事多く、すべて取〃べくも有らぬ事のみなり。
新字:伊勢ノ国の壱志ノ郡に、辛洲ノ社と云ふあり。古き社とは見ゆれど、いかなる神におはすらん、さだかならず。俗には天照大御神の御妹にますと申すなり。近き頃、神別本紀と名づけたる物を見れば、天照大神の御妹に、可良須女ノ命と云ふあるは、かの俗説によりて、造り出たる名なり。此書は、書籍目録に此名見えて、世には伝はらぬ書なるを、それなりとして、なまさかしき者の、近き世に偽り作れる物と見えて、後の世めきたる事多く、すべて取〃べくも有らぬ事のみなり。
書き下し
伊勢の国の壱志の郡に、辛洲の社と云うあり。古き社とは見ゆれど、いかなる神におわすらん、さだかならず。俗には天照大御神の御妹にますと申すなり。近き頃、神別本紀と名づけたる物を見れば、天照大神の御妹に、可良須女の命と云うあるは、かの俗説によりて、造り出でたる名なり。この書は、書籍目録にこの名見えて、世には伝わらぬ書なるを、それなりとして、なまさかしき者の、近き世に偽り作れる物と見えて、後の世めきたる事多く、すべて取るべくも有らぬ事のみなり。
現代語訳
伊勢国壱志郡に辛洲の社というのがある。古い社とは見えるが、どういう神でいらっしゃるのか、はっきりしない。俗には天照大御神の御妹でいらっしゃると申している。近ごろ『神別本紀』と名づけた書物を見ると、天照大神の御妹に可良須女命というのがあるのは、あの俗説によって作り出した名である。この書は、書籍目録にこの名が見えて、世には伝わっていない書であるのに、それだと称して、生半可に賢しい者が近ごろ偽って作ったものとみえて、後の世めいたことが多く、まったく取るに足りないことばかりである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』七の巻 おのが仕、奉る神を尊き神になさまほしくする事中昔よりして、神主・祝部のともがら、己が仕え奉る社の神を、有るが中にも尊き神にせまほしく思いては、古き伝えの有る御名をば、隠して、或いは国常立の尊をまつれり、天照大神を祭れり、神武天皇をまつれりなど云いて、例の神秘のむね有りげに、似つかわしく作りなして偽るたぐい、世に多し。おのれ尊き神につかうる者にならむとて、その仕え奉る神を、わたくしに心にまかせて、偽り奉るは、いともかしこき、みだり事ならずや。
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『玉勝間』九の巻 書紀の本書一書の事書紀神代の巻の段々に、同じ事の異あるを、別に一書に曰くとて、いくつも挙げられたるは、そのかみ古き伝えの書どもあまた有りしを、此れをも彼れをも、遺されざるにて、そは論無く、よろしきを、本書はしも、ここに一つの古書に、とおして由られたるには有らずして、あまたが中に、いささかにても、漢意に近く、ことよれる限りを、撰者の心もて、これかれを択り出で、とり集めて、書きつづけられたる物と見えて、始めおわりとおらざる事ども有り。まず天照大御神の大御名、はじめには、ただ大日孁貴と号すとのみ記して、亦の名天照大神など云う事も無きに、次の段よりは天照大神と記されたるは、これ初めと後と違いたり。天照大神と申すは、一書にしるせる御名にして、本書にもはじめには、ただ一書に曰く天照大神と、注に記されたれば、異なる伝えにこそ有れ。然るに次にいたりて、俄かにその御名をしも挙げられたるは、これかの大日孁貴の御事なりとは、何をもて知らむ。天照大神と申すは、その初めいかなる神とも知られざるがごとし。
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『玉勝間』七の巻 神社の祭る神を知らまほしくする事さればもとより某神と云う、古き伝えの無きを、しいて後に考えて、あらぬ神に定めむは、なかなかのひがことなり。もしその社の号によりて定めむとせば、たとえば伊勢の大神宮は、五十鈴の宮と申せば、祭る神は五十鈴姫の命にて、鈴の神、外宮は、わたらいの宮と申せば、綿津見命にて、海神なりとせむか。近き世に、物知り人の考えて定むるは、大かたこれに似たるものにて、いとうきたる事のみなれば、すべて信じがたし。知られぬをしいて求めて、あらぬ神となさむよりは、ただその社の号を、神の御名としてあらむこそ、古の意なるべきを、社の号のみにては、とらえ所無きがごと思うは、近き世の俗心にこそ有れ。今の世とても、世に広く云いならえる社号は、そをやがて神の御名と心得居て、八幡宮・春日明神・稲荷明神など云えば、必ずしもその神は、いかなる神ぞとまでは、たずねず、ただ八幡・春日・いなりにてあるにあらずや。もろもろの社も、皆同じことにて、社の号すなわちその神の御名なるものをや。
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『玉勝間』九の巻 玉津島の神又玉津島明神は、日前宮なりと云う説も有る、それも摂社なりしことを、さは誤り伝えたるなり。右の事どもを合わせて考うるに、玉津島の神は、疑い無く神功皇后なるべく思わるるなりと云えり。この考えなお事長きを、今ははぶきつづめて出だせり。この秀栄と云いしは、若山の人にて、近き頃みまかりぬとぞ。このふみは、それが甥なる、長原の忠睦と云うが、見せたりしなり。
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『玉勝間』七の巻 神社の祭る神を知らまほしくする事古き神社どもにはいかなる神を祭れるにか、知られぬぞ多かる。神名帳にも、すべてまつれる神の御名は、しるされず、ただその社号のみを挙げられたり。出雲風土記の、神社をしるせるようも、同じ事なり。社号すなわちその神の御名なれば、さも有るべき事にて、古はさしも祭る神をば、しいては知らでも有りけむ。然るを後の世には、必ず祭る神を知らでは、有るまじき事のごと心得て、知られぬをも、しいて知らむとするから、万ずにもとめて、或いは社号につきて、神代のふみに、いささかも似よれる神の名あれば、おしあてにその神と定めたるたぐい多ければ、その社に伝えたる説も、信じがたきぞ多かる。そもそも神は、八百万の神など申して、天にも地にも、その数限り無くおわします事なれば、天の下の社々には、その中のいずれの神を祭れるも、知るべからぬぞ多かるべき。神代紀などに出でたる神は、その千万の中の一つにもたらざんめるを、必ずその中にて、その神と定めむとするは、八百万の神の御名は、神代紀に、ことごとく出でたりと思うにや。古書に御名の出でざる神の多かる事を、思いわきまえざるは、いかにぞや。
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