驢鞍橋 / 卷上
夜話の次で去る者、何某殿は大名に似合はぬ欲深き人なりと云ふ。師聞て曰く、其方は我耻を云ひありく人哉。人を欲深い抔と云ふは、必ず人に用有る者の云ふ事也。我は終に今迄人を欲深しと思ひたる事なし。只世の中には我獨り欲深き者と思ふ也。又彼者何某は大國の執權に似合はぬ無さばきなる人なりと云ふ。師曰、扨も非を知らぬ人哉。其方に大國をさばかせたらば、あの百分が一も成るべからす。我々の百石二百石の中さへ道らしくさばき得ぬ人々か、他の上計りを云はるゝは疎なる事也。只我を知らぬ物也。我は每物扨ても成るまい事哉と思はるゝ也。然る間終に人を惡いと思ひたる事なし。只世の中には我獨り惡き者と計り思はるゝ也。
新字:夜話の次で去る者、何某殿は大名に似合はぬ欲深き人なりと云ふ。師聞て曰く、其方は我耻を云ひありく人哉。人を欲深い抔と云ふは、必ず人に用有る者の云ふ事也。我は終に今迄人を欲深しと思ひたる事なし。只世の中には我独り欲深き者と思ふ也。又彼者何某は大国の執権に似合はぬ無さばきなる人なりと云ふ。師曰、扨も非を知らぬ人哉。其方に大国をさばかせたらば、あの百分が一も成るべからす。我々の百石二百石の中さへ道らしくさばき得ぬ人々か、他の上計りを云はるゝは疎なる事也。只我を知らぬ物也。我は毎物扨ても成るまい事哉と思はるゝ也。然る間終に人を悪いと思ひたる事なし。只世の中には我独り悪き者と計り思はるゝ也。
書き下し
夜話の次で去る者、何某殿は大名に似合はぬ欲深き人なりと云ふ。師聞て曰く、其方は我耻を云ひありく人哉。人を欲深い抔と云ふは、必ず人に用有る者の云ふ事也。我は終に今迄人を欲深しと思ひたる事なし。只世の中には我独り欲深き者と思ふ也。又彼者何某は大国の執権に似合はぬ無さばきなる人なりと云ふ。師曰、扨も非を知らぬ人哉。其方に大国をさばかせたらば、あの百分が一も成るべからす。我々の百石二百石の中さへ道らしくさばき得ぬ人々か、他の上計りを云はるゝは疎なる事也。只我を知らぬ物也。我は毎物扨ても成るまい事哉と思はるゝ也。然る間終に人を悪いと思ひたる事なし。只世の中には我独り悪き者と計り思はるゝ也。
現代語訳
夜話のついでに、ある者が、某殿は大名に似合わず欲深い人だ、と言った。師は聞いて言われた。あなたは自分の恥を言い歩く人だな。人を欲深いなどと言うのは、必ず人に用のある者の言うことだ。私は今までついに、人を欲深いと思ったことはない。ただ世の中で自分一人が欲深い者だと思っている。また、その者が、某は大国の執権に似合わず、裁きのできない人だ、と言った。師は言われた。なんとも自分の非を知らない人だ。あなたに大国を裁かせたら、あの人の百分の一もできないだろう。我々の百石、二百石の中でさえ道にかなって裁けない人々が、他人のことばかり言われるのはおろかなことだ。ただ自分を知らないのである。私は物ごとに、なんともできそうにないことだと思われる。だから、ついに人を悪いと思ったことはない。ただ世の中で自分一人が悪い者だとばかり思われるのである、と。
解説
この章句が説くこと
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尚書・秦誓人を責むる斯れ難きこと無し、惟れ責めを受けて流るるが如くならしむる、是れ惟れ艱きかな。
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菜根譚・前集我貴くして人之を奉ずるは、此の峨冠大帯を奉ずるなり。我賤しくして人之を侮るは、此の布衣草履を侮るなり。然らば則ち原(もと)より我を奉ずるに非ず。我何為れぞ喜ばん。原より我を侮るに非ず。我何為れぞ怒らん。
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『呻吟語』内篇・應務・事手に到らざれば人を責むること盡く易し今人前輩先達の事を作すに自ら振拔せざるを見て、輒ち歎恨を生ず。知らず、渠我に當たる時にも也た人を歎恨するを會すや否や。我渠に當たる時に能く後人の歎恨を免るや否や。事手に到らざれば、人を責むること盡く易し。君が手に到る時を待ちて、事事努力して輕く放過せざれば便ち好し。只だ嘵嘵として人を責むるに任せば、他日縱ひ歎恨す可き無きも、今日亦た浮薄子なり。