墨子 / 公孟
程子曰:「甚矣!先生之毁儒也。」子墨子曰:「儒固無此各四政者,而我言之,則是毁也。今儒固有此四政者,而我言之,則非毁也,告聞也。」程子無辭而出。子墨子曰:「迷之!」反,後坐,進復曰:「鄉者先生之言有可聞者焉,若先生之言,則是不譽禹,不毁桀紂也。」子墨子曰:「不然,夫應孰辭,稱議而為之,敏也。厚攻則厚吾,薄攻則薄吾。應孰辭而稱議,是猶荷轅而擊蛾也。」
新字:程子曰:「甚矣!先生之毁儒也。」子墨子曰:「儒固無此各四政者,而我言之,則是毁也。今儒固有此四政者,而我言之,則非毁也,告聞也。」程子無辞而出。子墨子曰:「迷之!」反,後坐,進復曰:「鄉者先生之言有可聞者焉,若先生之言,則是不誉禹,不毁桀紂也。」子墨子曰:「不然,夫応孰辞,称議而為之,敏也。厚攻則厚吾,薄攻則薄吾。応孰辞而称議,是猶荷轅而擊蛾也。」
書き下し
程子曰く、「甚だしいかな、先生の儒を毁るや」と。子墨子曰く、「儒に固より此の各の四政無くして、我れ之を言わば、則ち是れ毁るなり。今、儒に固より此の四政有りて、我れ之を言わば、則ち毁るに非ざるなり、聞くを告ぐるなり」と。程子、辭無くして出づ。子墨子曰く、「之に迷えるかな」と。反り、後に坐して、進みて復た曰く、「鄉者、先生の言に聞く可き者有り。若し先生の言のごとくんば、則ち是れ禹を譽めず、桀紂を毁らざるなり」と。子墨子曰く、「然らず。夫れ孰辭に應ずるに、議に稱いて之を為すは、敏なり。厚く攻むれば則ち厚く吾れし、薄く攻むれば則ち薄く吾れす。孰辭に應じて議に稱うは、是れ猶お轅を荷いて蛾を擊つがごときなり」と。
現代語訳
程子が言った。「ひどいことだ、先生が儒者を謗るのは」。墨子が言った。「儒者にもともとこの四つが無いのに私がそれを言うなら、それは謗りである。いま儒者にもともとこの四つが有って私がそれを言うなら、それは謗りではなく、聞いたことを告げているのだ」。程子は言葉もなく出て行った。墨子が言った。「迷ったな」。程子は戻ってきて座り、進み出て言った。「さきほどの先生のお言葉には、聞くべきところがあります。しかし先生のお言葉どおりなら、それは禹を誉めず、桀紂を謗らないことになります」。墨子が言った。「そうではない。相手の言葉に応じるのに、その議論に釣り合った答え方をするのが機敏というものだ。強く攻められれば強く受け、弱く攻められれば弱く受ける。相手の言葉に応じて釣り合いを取る。それをしないのは、車の轅をかついで蛾を打つようなものだ」。
解説
この章句が説くこと
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