尚書 / 秦誓
責人斯無難,惟受責俾如流,是惟艱哉
書き下し
人を責むる斯れ難きこと無し、惟れ責めを受けて流るるが如くならしむる、是れ惟れ艱きかな。
現代語訳
人を責めることは難しくない。ただ、責めを水が流れるように素直に受け入れることこそ、難しいのだ。
解説
誰かの落ち度を指摘することは、実のところそれほど骨の折れる作業ではない。難しいのは、自分が向けられた批判を、抵抗なく水のように受け流し、そのまま飲み込むことのほうである。指摘されると反射的に言い訳や反論が浮かんでくるのが普通の人の反応だが、そこで一呼吸置いて素直に受け止められるかどうかで、その後の成長は大きく変わる。責める側でなく、受け止める側の器量が問われている。
この章句が説くこと
批判受容謙虚
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論語 子張篇子路これに従いて後る。丈人に遇う。杖に蓧を荷う。子路問うて曰わく、子、夫子を見ざるか。丈人曰わく、四体勤めず、五穀分かたずんば、孰れか夫子なる。其の杖を植えて芸(くさぎ)す。子路拱して立つ。
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