玉勝間 / 十一の巻 堀川ノ天皇神楽を多ノ近方に伝へさせ給へる事
神樂の曲は、すでに絕ぬべかりける事を、御門の御口より給ひける。めでたかりける事なり。(私云堀川院御宸筆神樂譜、多近方ニ給テ、今多朝臣久時、同子久泰マデ所持畢。)
新字:神楽の曲は、すでに絶ぬべかりける事を、御門の御口より給ひける。めでたかりける事なり。(私云堀川院御宸筆神楽譜、多近方ニ給テ、今多朝臣久時、同子久泰マデ所持畢。)
書き下し
神楽の曲は、すでに絶えぬべかりける事を、御門の御口より給いける。めでたかりける事なり。(私に云う、堀川院御宸筆の神楽譜、多近方に給いて、今多朝臣久時、同じく子久泰まで所持し畢んぬ。)
現代語訳
神楽の曲は、もう少しで絶えてしまうところであったのを、帝のお口から伝え授けられたのである。まことにめでたいことであった。(私に言う。堀河院の御宸筆の神楽譜を多近方に賜り、今は多朝臣久時とその子久泰まで所持している。)
解説
前段の堀河天皇と多近方の逸話の結びである。絶えかけた神楽の曲が、帝の口から伝えられて守られたことを「めでたし」と称えている。括弧内は『体源抄』の筆者の注記で、堀河天皇が自ら書いた神楽譜が近方に与えられ、その子孫の多久時・久泰まで家に伝わっているという。口伝で教えただけでなく、書き記した譜も授けたことで、家の芸は確かな形で後世に残った。多氏はその後も宮中の神楽を担う楽家として続いた。宣長がこの話を二段にわたって書き留めたのは、朝廷がみずから古い神事の芸を守った例として、深く心を動かされたからであろう。途絶えかけた伝統も、担い手と守り手がいれば甦るということを、この一件は示している。
関連する章句
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『玉勝間』十一の巻 堀川ノ天皇神楽を多ノ近方に伝へさせ給へる事同書に云わく、多の近方、資忠には幼くておくれにければ、神楽の道は伝えざりけるを、堀川院資忠が手より、めでたく伝えめしたりければ、近方を尋ねめして、召人の中に、この道絶えなば、口惜しかるべしとて、近方をめして、近衛の陣にさぶらわせて、萩の戸の辺に近くめして、御みずからぞ教え給いける。ただし御口うつしに物をば、仰せられずして、師時卿して、つたえ仰せられければ、かの卿も声ぞ悪るかりけれども、この道のはかせには成りにけり。おのずから師時候わざりける時は、近方がうたいとらざりける限りは、いく度もうたいてぞ、聞かせさせおわしましける。善く成りぬとおぼしめしける時は、物をば仰せられずして、御歌をとどめさせおわしましけり。三年までよるひる近く候いけるに、御口うつしにものをば一度も仰せられざりけり。古体なりかしや、またくい物無かりければ、おのずから師時卿なんどのたとう紙に飯を入れて、たびたりければ、それを僅かになめずりてぞ、二三日も過ごしける。かくしつつ十六歳になりてぞ、始めて内侍所の御神楽に、拍子とりたりければめでたくて、御門よりはじめて、誉めさせおわしましけり。
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『玉勝間』十一の巻 又神楽の調子同書に、資忠云わく、上代は神楽は無調なり、しかるに近来すべて壱越調を以てこれを為す、我が世に相替わる事これなりと云えり。さきに、しるせると異なるはいかにぞや。今思うに、この説まことに然るべし。さきの、神楽はもと平調なりと云える説は、ひがことなるべし。これに我が世云云と云えるは、この資忠と云いし人の世の程に、かく変わりぬる由なり。
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『神皇正統記』巻五 第七十三代 堀河院第七十三代、第四十世、堀河院。諱は善仁、白河第二の子。御母中宮賢子、右大臣源顕房の女、関白師実のおとゞの猶子也。丙寅の年即位、丁卯に改元。このみかど和漢の才ましましけり。ことに管絃・郢曲・舞楽の方あきらかにまします。神楽の曲などは今の世まで地下につたへたるもこの御説也。天下を治給こと二十一年。二十九歳おましましき。
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『玉勝間』十一の巻 舞楽の伝はり来つる次第すなわち六十六代一条院の御時、寛弘七年、左方の一者に補せられにしかば、公私の諸役を奉行しき。およそ嫡家〓の光近を、野田の判官と云い、三男の流れ則近を、辻子の判官と云う。よってかの両人の流れを呼んで、野田辻子と申すなり。
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『玉勝間』十一の巻 春日の若宮ノ社の神楽舞の歌(扇を右へとる)宮人の〓すれる衣にすれる衣に〓〓ゆうだすきかけて心をや〓〓たれによすらむかけて心をや〓〓〓〓〓たれによすらむ〓〓、誰によすらむ〓〓、(初の歌、同、しら拍子)万代のまつのお山のかげしげみ君をぞいのるときわかきわにやれ〓〓、(鼓のだんかしらもろ拍子に舞の手をかゆる)(中の歌、上)神明所にましませば一切諸願もよしなし万民うれえなければかんこもおきてなにかせむ、(扇を左へとる)わがやどの千代の川竹ふしとおみさもゆくすえのはるかなるかなやれはるかなるかな〓〓〓〓や、(扇を右へとりて拍子をきくなり)(末の歌、扇左へ)うえて見る殖えてあまのまがきの竹のまがきの竹の〓〓(扇右へとる)ふしごとにいやこもれる千代は〓〓君のみぞみむぞみむ〓〓いやこもれる千代は〓〓君のみぞみむ
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『玉勝間』十一の巻 肥後国の神楽歌地誉歌。むかしより世をはじめ給うおお太子よのよきことをおきてはじめん、御手幣を手にとりもちておがめば、四方の神も花とよむらん、よき馬によきくらしきて手綱かけ朝日にむいて神をしょうせん、神の父いずくにますぞ幣さしてとおりにまいる神をしょうせん、神の母いずくにますぞみくまもり出雲にまいる神をしょうせん、神しょうし磯をぞまわるあまおぶねかいかじそろえ船子さだめん。高所。たんなんたいらの神棚にかおよき女体おわします、おっとはたれぞととい(ひ)たれば松のうら葉のとみ男、おさなききんだちみやしろに学問せよとてあけたれば、うめと桜にたわむれて五葉の松とぞなり給う、われらが植木のせきようはつくつくぼうしをなべすえて、あゆみ給えばあとごとに七本蓮花の花ひらく、南おもてのひろ縁にいとげの車やりすえて、南面の泉水にようある鳥こそきていたり、この殿のみかどのまえにはよしうえてまいれる人によしといわせん、この殿の十二の柱はかねよたたおせどもひけどもなびかざらまし、この殿をあたらし殿とたれかなづく九国のとののふるやなるもの、酒殿に酒はつくりつももはらやちはらの酒ぞ神はめすらん、酒殿に風の吹かしさらさらとしげ木が本を宿とさだめん、酒殿に入り来るとみのかえらんばおかの子共と物語せん。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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