呂氏春秋 / 古樂⑮
故樂之所由來者尚矣,非獨為一世之所造也。
新字:故楽之所由来者尚矣,非独為一世之所造也。
書き下し
故に樂の由來する所の者は尚しく、獨り一世の造りし所為るに非ざるなり。
現代語訳
だから音楽の由来は古く、ただ一つの時代だけで作られたものではないのである。
解説
古樂篇全体を締めくくる総括の一句です。音楽の由来ははるかに古く、けっして一つの時代だけで作られたものではない、と結びます。この篇は朱襄氏から葛天氏、堯・舜、禹・湯、そして周の文王・武王・成王に至るまで、歴代の聖王が世を治めるたびに、その功と徳を映す音楽を生み受け継いできた系譜を語ってきました。その積み重ね全体を振り返り、音楽が長い歴史の連続の中で形づくられてきた文化の結晶であることを改めて強調しているのです。今ある文化を一時代の産物とみず、連綿たる継承の成果として尊ぶこの視点は、伝統をどう受けとめ次代へ渡すかを考えるうえで、現代にも通じる示唆を与えてくれます。
この章句が説くこと
音楽の由来歴代の聖王系譜伝統継承古楽
関連する章句
-
論語 学而第一子曰、「父在觀其志、父沒觀其行。三年無改於父之道、可謂孝矣。」
-
孟子・盡心章句下孟子曰、由堯舜至於湯、五百有餘歲。若禹皋陶、則見而知之。若湯、則聞而知之。由湯至於文王、五百有餘歲。若伊尹萊朱則見而知之。若文王、則聞而知之。由文王至於孔子、五百有餘歲。若太公望・散宜生、則見而知之。若孔子、則聞而知之。由孔子而來至於今、百有餘歲。去聖人之世、若此其未遠也。近聖人之居、若此其甚也。然而無有乎爾、則亦無有乎爾。
-
論語 里仁篇子曰、三年無改於父之道、可謂孝矣。
-
論語 八佾篇子曰:『周監於二代、郁郁乎文哉。吾從周。』
-
論語 泰伯篇子曰:泰伯,其可謂至德也已矣。三以天下讓,民無得而稱焉。
-
老子 第54章善建者不拔,善抱者不脫。子孫以祭祀不輟。