玉勝間 / 十一の巻 東遊の起り
同書に丙辰記ニ云〃、人王廿八代安閑天皇ノ御宇、〓到六年(丙辰歳)駿河ノ國宇戶ノ濱に、天人あまくだりて、歌舞し給ひければ、周瑜が腰たをやかにして、海岸の靑柳に同じく、廻雪のたもとかろくあがりて、江浦の夕、の風にひるがへりけるを、或翁いさごを掘りて、中に隱れゐて、見傳へたりと申せり。今の東遊とて、公家にも諸社の行幸には、必ずこれを用ひらる。神明ことに御納受ある故なり。其翁は、卽ち道守氏とて、今の世までも侍るとやと云へり。
新字:同書に丙辰記ニ云〃、人王廿八代安閑天皇ノ御宇、〓到六年(丙辰歳)駿河ノ国宇戸ノ浜に、天人あまくだりて、歌舞し給ひければ、周瑜が腰たをやかにして、海岸の青柳に同じく、廻雪のたもとかろくあがりて、江浦の夕、の風にひるがへりけるを、或翁いさごを掘りて、中に隠れゐて、見伝へたりと申せり。今の東遊とて、公家にも諸社の行幸には、必ずこれを用ひらる。神明ことに御納受ある故なり。其翁は、即ち道守氏とて、今の世までも侍るとやと云へり。
書き下し
同書に丙辰記に云わく、人王廿八代安閑天皇の御宇、〓到六年(丙辰の歳)駿河の国宇戸の浜に、天人あまくだりて、歌舞し給いければ、周瑜が腰たおやかにして、海岸の青柳に同じく、廻雪のたもとかろくあがりて、江浦の夕の風にひるがえりけるを、或る翁いさごを掘りて、中に隠れいて、見伝えたりと申せり。今の東遊とて、公家にも諸社の行幸には、必ずこれを用いらる。神明ことに御納受ある故なり。その翁は、即ち道守氏とて、今の世までも侍るとやと云えり。
現代語訳
同じ書(『体源抄』)に、『丙辰記』にこう言っているとある。人の世の二十八代、安閑天皇の御代の〓到六年(丙辰の年)、駿河国の宇戸の浜に天人が天降って歌い舞われたところ、周瑜の腰のようにしなやかで、海岸の青柳と同じくなびき、雪を巻き上げるような袂が軽く舞い上がって、入江の夕べの風にひるがえったのを、ある翁が砂を掘って中に隠れていて、見て伝えたのだと申している。今の東遊(あずまあそび)というのがこれで、朝廷でも諸社への行幸には必ずこれを用いられる。神々がことにお受け入れになるからである。その翁は、すなわち道守氏といって、今の世まで続いているとかいう、と言っている。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十一の巻 舞楽の伝はり来つる次第同書に云わく、左の舞伝え来たれる次第、もっとも存知すべき者なり。昔人王廿代允恭天皇の御時、高麗の舞人この朝に渡れり。然れどももてなし伝うる人なくて、空しくすたれて、第卅代推古天皇の御時、即位廿年正月、百済国の聖明王、舞の師味摩子を渡されしかば、聖徳太子あまねく天下に勅をいたして、妓楽の舞を始めとして、鼓をうたしめ、自余の舞楽どもを習わしむ。舞楽この時より始まれり。第四十五代奈良の御門(聖武)の御時この道さかりに興させられしかども、さしてその氏と定めおかれず、雅楽玄蕃等の寮に伝えて、勅要をつとめき。その後尾張の浜主とて、舞楽の大祖ありき。五十四代仁明天皇の御宇、承和三年四月に、遣唐使に付きて、唐朝に渡りて、本舞の紕繆を直し、龍笛の底をきわめて、同六年八月に帰朝の後、両道ことに盛りなり。浜主よりかみ、七八代ばかり有りけれども、日記ほのかなる故に、その名をしるしがたし。かの浜主の弟子弟子、その名を失えり。その弟子大戸の真縄、その弟子大友の信正、その弟子狛の光高にて侍る。先祖衆行も、浜主の聟たりしかば、大略舞曲をきわめしかども、この信正また当道に長ぜりし故に、またかの流れをうけたりき。
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『玉勝間』十の巻 かぐらかぐらは、古えは、神あそびとぞ云える。さればその歌をも、古今集には、かみあそびの歌とぞしるされたる。神楽と書けるも、古くはかみあそびとぞ訓むべき。かぐらと云う名は、如何なる由にて、いつの程よりか云いそめけむ。六帖の題にはかぐらと書けり。
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『玉勝間』三の巻 陵王の舞ノ手の名体源抄と云う、楽の事をこまかにしるしたる書に、羅陵王云云、乱序一帖、此の内に各別の名有り、日掻返手、飜手(ヒルガエステ)、青蛉返手、甬走手、又膝巻、小膝巻云云、と見えたり。陵王の舞の手の名どもなり。此中に、甬走とある手に、仮字附け無きは、甬は踊にて、おどりはしる手か、たずぬべし。
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『玉勝間』十一の巻 堀川ノ天皇神楽を多ノ近方に伝へさせ給へる事神楽の曲は、すでに絶えぬべかりける事を、御門の御口より給いける。めでたかりける事なり。(私に云う、堀川院御宸筆の神楽譜、多近方に給いて、今多朝臣久時、同じく子久泰まで所持し畢んぬ。)
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風姿花伝・第四 神祇一 申楽、神代のはじまりといふは、天照大神、天の岩戸にこもり給ひしとき、天下とこやみになりしに、月神の御子島根見尊をはじめたてまつりて、八百万の神達天の香久山にあつまり、大神の御心をとらむとて神楽を奏し、才男を始め給ふ。中にも天の鈿女尊すすみ出でて、榊の枝に幣を付けて声をあげ、ほとろ職踏みとどろかし、神がかりすと謡ひ舞ひかなで給ふ。その御声ひそかに聞えければ、大神岩戸を少し開きたまふ。国土また明白たり。神達の御おもしろかりけり。そのときの御あそび、申楽の初といふ。くはしくは口伝にあるべし。
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『玉勝間』十三の巻 信濃国の或村村の神事にうたふ歌ある人の云わく、しなのの国の、天竜川の河上なる、川村和田きさわなど云う里里の神事に、湯釜に湯をわかしたぎらせて、そのめぐりに、幣を立ておきて、夜更けて、その釜のほとりに、里人男女、老いたる少き打ち交じりつどいて、その幣をとり持ちて、うたう歌。おゆめすときのな、おみかげこぐそ〓〓、やくもだのぼれ〓〓、
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