玉勝間 / 十一の巻 いはゆる御所詞
同書に、內裏仙洞には、一切の食物に、異名を付て被召事也。一向不存知者、當座に迷惑すべき者也。
新字:同書に、内裏仙洞には、一切の食物に、異名を付て被召事也。一向不存知者、当座に迷惑すべき者也。
書き下し
同書に、内裏仙洞には、一切の食物に、異名を付けて召さるる事なり。一向存知せざる者は、当座に迷惑すべき者なり。
現代語訳
同じ書に、内裏や仙洞御所では、あらゆる食べ物に別の名を付けて召し上がるのである。まったく知らない者は、その場で困惑してしまうであろう、とある。
解説
宮中の女官たちが用いた「御所言葉」(女房詞)について、『海人藻芥』の記事を引いた短い段である。宮中や上皇の御所では、食べ物をはじめ身の回りの物に独特の呼び名を付けていた。たとえば「おかず」「おでん」「おかか」「しゃもじ」などは、もとはこうした女房詞から出て、今では一般の言葉になっている。知らない者はその場で戸惑うだろう、という一言からは、言葉づかいがそのまま宮廷の内と外を分ける目印になっていたことがわかる。宣長は言葉の成り立ちに深い関心を寄せ、古語だけでなく、後世に生まれた言葉の由来も書き留めた。今ふだん使っている言葉の中にも、特定の場で生まれた符丁が紛れ込んでいるのである。
関連する章句
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『玉勝間』五の巻 おこは まはり今の世、女の言に、強飯を、おこわと云えり。大神宮年中行事に、御強と見ゆ。又菜をまわりと云うこと、同じ書に、御廻八種と有り。枕ぞうしには、あわせと見えたり。
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『玉勝間』八の巻 おひなる女の詞に、人の寝たるが起くる事を、おひなると云う。伊勢などにては、おひるなると云う。
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『玉勝間』十四の巻 饌饌をつくりととのうるを、俗に料理と云い、それよりうつりて、そのつくりととのえたる饌をさしても、料理と云い、御料理を下さる、結構なる料理など云う、みな饌を云えり。
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『玉勝間』十一の巻 つねの供御のやうおなじふみに、毎日三度の供御は、御めぐり七種、御汁二種なり。御飯は、わりたる強飯を聞こし召すなり。
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『玉勝間』十四の巻 又つねの饌は、羹一つ、菜一つにて止むべし、しなじな数多ければ、これかれにまぎれて、美き物ももはらならねば、さしもめでたくおぼえず。但し他の饗饌は数すくなくてはさうざうしき心地す。あまり多きも、なかなかめでたからずおぼゆ。数多くつもりて後々は、うるさくあきたくなるなり。ただ羹は品をかえて、数おおきもよろし。さて昔はすべて、あつものと云いしを、近き世には、始めの一つを、汁と云い、次に出すを、二の汁と云いてその余をば、汁とは云わず。吸物と云いて、汁とすい物とは、別なる如し。又いわゆる菜をば、昔はあわせと云えり。清少納言枕冊子などに見ゆ。又伊勢神宮の書に、まわりと有るは、伊勢の言か。この国の今も山里人など、まわりと云う所あり。
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『玉勝間』十二の巻 客殿小右記に、斎院に客殿に於て参る云云。
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