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玉勝間 / 十の巻 歌会

同記云、嘉吉二年九月十八日、今日參冷泉中將持和朝臣宿所、(近衛室町邊也)去月移住此宿所云云。一盞分撓之及雜談。和歌懷紙書樣、又會座置懷紙之樣、講師已下條條作法、具被口傳之、不遑記錄者也、云云。同日今夜、飯尾新左衛門尉爲數亭和歌會也、云云。常光院大僧都堯孝出題也。今夜爲讀師。蜷川新右衛門入道智蘊爲講師、云云。今夜新右衛門講師之時、堯孝ガ短册ニハ、大僧都とよめり。懷紙又同之、其外ハ皆實名、官途實名也。聊可有思惟歟、如何。實名之中、ちと可然之輩、微音也。有其驗、愚存又如此也。先講懷紙之後、次短册ヲ披講。

新字:同記云、嘉吉二年九月十八日、今日参冷泉中将持和朝臣宿所、(近衛室町辺也)去月移住此宿所云云。一盞分撓之及雑談。和歌懐紙書様、又会座置懐紙之様、講師已下条条作法、具被口伝之、不遑記録者也、云云。同日今夜、飯尾新左衛門尉為数亭和歌会也、云云。常光院大僧都堯孝出題也。今夜為読師。蜷川新右衛門入道智蘊為講師、云云。今夜新右衛門講師之時、堯孝ガ短册ニハ、大僧都とよめり。懐紙又同之、其外ハ皆実名、官途実名也。聊可有思惟歟、如何。実名之中、ちと可然之輩、微音也。有其験、愚存又如此也。先講懐紙之後、次短册ヲ披講。

書き下し

同じ記に云う、嘉吉二年九月十八日、今日冷泉中将持和朝臣の宿所に参る、(近衛室町の辺なり)去月この宿所に移住す云々。一盞分撓し、之より雑談に及ぶ。和歌の懐紙の書き様、また会の座に懐紙を置く様、講師已下の条々の作法、具に之を口伝せらる、記録に遑あらざる者なり、云々。同日今夜、飯尾新左衛門尉為数の亭にて和歌会なり、云々。常光院大僧都堯孝題を出すなり。今夜読師たり。蜷川新右衛門入道智蘊講師たり、云々。今夜新右衛門講師の時、堯孝が短冊には、大僧都とよめり。懐紙もまた之に同じ、その外は皆実名、官途実名なり。聊か思惟有るべきか、如何。実名の中、ちと然るべきの輩、微音なり。その験有り、愚存もまたかくの如し。先ず懐紙を講じて後、次に短冊を披講す。

現代語訳

同じ記(康富記)にいう。「嘉吉二年九月十八日、今日、冷泉中将持和朝臣の宿所に参上した(近衛室町のあたりである)。先月この宿所に移り住まわれたという。一献を酌み交わすうちに雑談に及んだ。和歌の懐紙の書き方、また歌会の座に懐紙を置く仕方、講師以下の条々の作法を、詳しく口伝してくださった。記録する暇もないほどである」云々。「同日の今夜、飯尾新左衛門尉為数の邸で和歌会があった」云々。「常光院大僧都堯孝が題を出した。今夜は読師を務めた。蜷川新右衛門入道智蘊が講師を務めた」云々。「今夜、新右衛門が講師を務めた時、堯孝の短冊は『大僧都』と読み上げた。懐紙もまた同じである。そのほかはみな実名、官職と実名である。いささか考えるところがあるべきか、どうか。実名の中でも、少し身分の相応な人々は小声で読み上げた。その効き目があった。私の考えもまたこのとおりである。まず懐紙を披講した後、次に短冊を披講した。」

解説

中原康富の日記から、室町時代の歌会の作法を記した一条を抜き出した段である。康富は冷泉家の持和(のちの持為)を訪ね、懐紙の書き方や歌会での置き方、講師以下の作法を口伝で教わった。持和は先の系譜で下冷泉家を起こした人物である。同じ夜、幕府奉行人の飯尾為数の邸で歌会があり、二条派の歌人堯孝が題を出して読師を務め、連歌師としても知られる蜷川智蘊が講師として歌を読み上げた。読み上げの際、僧の堯孝は実名でなく「大僧都」と称し、身分の高い人の実名は小声で読んだなど、細かな配慮が記される。宣長は、系譜で見た人物が実際の歌会でどう振る舞い、どんな作法が伝えられていたかを示す資料として、この記事を巻の終わりに置いた。

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