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玉勝間 / 十一の巻 堯孝大僧都の事

同四年七月五日、後聞、常光院權大僧都堯孝法師、今日卒去。年六十五云云。頓阿以來、代代哥人也。殊當代興家。先年新續古今被撰之時、爲和哥所開闔者也。而依無實子以淸水谷中將實久朝臣爲養子、令繼家。猶於哥道者、兼無相續之仁、以女子(尼衆)授吾道之口傳、如形殘置之云云。爲世爲道可惜之。

新字:同四年七月五日、後聞、常光院権大僧都堯孝法師、今日卒去。年六十五云云。頓阿以来、代代歌人也。殊当代興家。先年新続古今被撰之時、為和歌所開闔者也。而依無実子以清水谷中将実久朝臣為養子、令継家。猶於歌道者、兼無相続之仁、以女子(尼衆)授吾道之口伝、如形残置之云云。為世為道可惜之。

書き下し

同四年七月五日、後に聞く、常光院権大僧都堯孝法師、今日卒去す。年六十五と云云。頓阿以来、代々の歌人なり。殊に当代家を興す。先年新続古今撰ばるるの時、和歌所の開闔たる者なり。而るに実子無きに依りて清水谷中将実久朝臣を以て養子と為し、家を継がしむ。なお歌道に於いては、兼ねて相続の仁無く、女子(尼衆)を以て吾が道の口伝を授け、形の如くこれを残し置くと云云。世のため道のためこれを惜しむべし。

現代語訳

(同じ記にこうある。)享徳四年(1455)七月五日、後で聞いたところでは、常光院の権大僧都堯孝法師が今日亡くなった。年は六十五という。頓阿以来、代々の歌人の家である。とりわけ当代に家を興した。先年『新続古今和歌集』が撰ばれた時、和歌所の開闔(事務を取り仕切る役)を務めた人である。ところが実子がいなかったので、清水谷中将実久朝臣を養子として家を継がせた。しかし歌道については、あらかじめ受け継ぐ人がなく、娘(尼)に自分の道の口伝を授けて、形ばかりこれを残し置いたという。世のため道のため、惜しむべきことである。

解説

二条派の歌僧堯孝の死を記した『康富記』の一節である。堯孝は南北朝期の歌人頓阿の曾孫にあたり、代々二条派の歌学を伝える常光院の家に生まれた。最後の勅撰集『新続古今和歌集』の編纂では和歌所の開闔を務めた。家は養子に継がせたが、歌の道を継ぐ人は得られず、尼となった娘に口伝を授けて形ばかり残したという。家を継ぐことと道を継ぐことが別であった点に、康富は世のため道のための損失を見ている。宣長自身も堯孝の紀行文を別の段で引いており、中世の歌人の系譜に関心を寄せていた。宣長は二条派の歌学を批判的に見ていたが、学問や技芸が一人の死で途切れる危うさは、どの流派にも共通する。後継ぎを育てることの重みを考えさせる記事である。

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