玉勝間 / 十の巻 日前国懸ノ社遷宮日時
中右記云、寛治五年十二月七日、今日上卿參陣、擇申日前國懸社遷宮日時、と見えたり。そのかみは此御社などの遷宮、朝廷より物せさせ給ひて、かく嚴重なりしぞかし。
新字:中右記云、寛治五年十二月七日、今日上卿参陣、択申日前国懸社遷宮日時、と見えたり。そのかみは此御社などの遷宮、朝廷より物せさせ給ひて、かく厳重なりしぞかし。
書き下し
中右記に云う、寛治五年十二月七日、今日上卿陣に参り、日前・国懸社の遷宮の日時を択び申す、と見えたり。そのかみはこの御社などの遷宮、朝廷より物せさせ給いて、かく厳重なりしぞかし。
現代語訳
中右記にいう。「寛治五年十二月七日、今日、上卿が陣の座に参って、日前・国懸社の遷宮の日時を選んで申し上げた」と見えている。その当時は、この御社などの遷宮を朝廷からお執り行いになって、このように厳重であったのである。
解説
紀伊国の日前神宮・国懸神宮の遷宮の日取りを、朝廷の公卿が陣の座で定めたという中右記の一条を引いた段である。日前・国懸社は紀伊国一宮で、神代に鋳造された鏡を御神体とすると伝えられる古社である。宣長は、その遷宮が平安時代には朝廷の手で厳重に執り行われ、日時まで公卿の議定で選ばれていたことに注目し、「かく厳重なりしぞかし」と感慨を込める。宣長の時代には、多くの古社の祭祀が朝廷の手を離れ、衰えていた。この巻の初めで古いものが衰え絶えることを悲しんだ宣長にとって、かつての厳重な姿を記録で確かめることは、今の衰えを測る物差しでもあった。昔の丁重な扱いを知ることは、今あるものを大切にする心を呼び起こす。
関連する章句
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