玉勝間 / 十の巻 てづつ
歌の事を論じたるふみどもに、てづつなりと云ふこと見えたり。古くは紫式部日記にも、いちと云ふ文字をだに、書きわたし侍らず、いとてづつにあさましく侍り、と見えたり。
書き下し
歌の事を論じたるふみどもに、てづつなりと云うこと見えたり。古くは紫式部日記にも、いちと云う文字をだに、書きわたし侍らず、いとてづつにあさましく侍り、と見えたり。
現代語訳
歌のことを論じた書物に、「てづつなり(不器用だ、拙い)」ということが見える。古くは紫式部日記にも、「一という文字さえ書き通しませんで、まことに不器用で呆れたものでございます」と見えている。
解説
「てづつ」という語の古い用例を書き留めた短い段である。てづつは、不器用、つたない、下手という意味で、歌論の書物で歌の拙さを評する言葉として使われていた。宣長は、それがすでに紫式部日記に見えることを指摘する。引かれた一節は、紫式部が漢学の才を人に知られまいとして、「一」という字さえ書けないふりをしていたと語る、よく知られた場面である。才女が自分を「いとてづつ」と称してみせるところに、宮廷で目立つことを恐れた彼女の処世がにじむ。宣長はここでも語の用例を挙げるだけだが、選ばれた一節は、言葉だけでなく書き手の心の動きまで伝えている。自分の能力を隠すことが賢さとされた時代の空気と、それでも隠しきれない自負とが、この一語に重なっている。
関連する章句
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