玉勝間 / 十の巻 片点諸点
歌の點に、片點、諸點と云ふこと、家隆ノ卿の書かれたる物に見えたり。
新字:歌の点に、片点、諸点と云ふこと、家隆ノ卿の書かれたる物に見えたり。
書き下し
歌の点に、片点、諸点と云うこと、家隆の卿の書かれたる物に見えたり。
現代語訳
歌の評点に「片点」「諸点」ということがあると、藤原家隆卿の書かれたものに見えている。
解説
歌の優劣を示す「点」の付け方の用語を書き留めた、ごく短い段である。歌合や添削の場では、判者や師が良い歌に印を付けて評価した。その点にも種類があり、「片点」と「諸点」という言い方があることが、新古今集の撰者の一人である藤原家隆の書き物に見える、と宣長は記す。宣長は語があることを記すだけで、その意味には踏み込んでいない。確かめられたことだけを書き、分からないことは書かないという態度が、この簡潔さに表れている。鈴屋でも宣長は門人の歌を添削して評点を付けており、点の付け方の古い呼び名は身近な関心事だったはずである。評価の仕方に名前が付いているということは、評価そのものが一つの技術として磨かれていたということでもある。
関連する章句
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『玉勝間』一の巻 家隆卿のことばいえたかの二位の云われしは、歌はふしぎの物にて候なり。きとうち見るに、面白く悪しからずおぼえ候えども、次の日またまた見候えば、ゆゆしく見ざめのし候。これを善しと思い候けるこそふしぎに候え、などおぼゆる物にて候云々、とぞ云われける。誠にさる事なり。
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『玉勝間』四の巻 歌人また家集と云ふ事歌詠む人を歌人と云う事、拾遺集十七の巻に、三条の太政大臣の家にて、歌人召し集めて、あまたの題詠ませ侍りけるにとあり。また家の集と云うこと、古今集の真字序に見え、拾遺集同じ巻に、天暦の御時、伊勢が家の集召したりければ云々、また二十の巻に、家集に書きて侍ると見え、源の順の集に、平の兼盛が家の集など有り。類聚国史に、菅原の是善の卿の事に、家集十巻とあり、これは詩文の集なり。
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