玉勝間 / 十の巻 定家ノ中納言の歌
定家ノ中納言の歌に、「さえくらすみやこは雪も交らねど山の端しろき夕暮の雨、と有る、本は雪と云ひて雨なり、末は、雨と云ひて雪なり。斯かる事からの歌にも有り。鶴林玉露と云ふ書に、杜少陵詩云、風含翠篠娟娟淨、雨臺紅葉冉冉香、上句風中有雨、下句雨中有風、謂之互體。
新字:定家ノ中納言の歌に、「さえくらすみやこは雪も交らねど山の端しろき夕暮の雨、と有る、本は雪と云ひて雨なり、末は、雨と云ひて雪なり。斯かる事からの歌にも有り。鶴林玉露と云ふ書に、杜少陵詩云、風含翠篠娟娟浄、雨台紅葉冉冉香、上句風中有雨、下句雨中有風、謂之互体。
書き下し
定家の中納言の歌に、「さえくらすみやこは雪も交らねど山の端しろき夕暮の雨、と有る、本は雪と云いて雨なり、末は、雨と云いて雪なり。かかる事からの歌にも有り。鶴林玉露と云う書に、杜少陵の詩に云う、風は翠篠を含みて娟娟として浄く、雨は紅葉を臺いて冉冉として香る、上の句は風の中に雨有り、下の句は雨の中に風有り、之を互体と謂う。
現代語訳
定家中納言の歌に、「一日中冷え込む都では雪も交じらないけれど、山の端が白い夕暮れの雨よ」とある。上の句は雪と言って実は雨であり、下の句は雨と言って実は雪である。こういうことは中国の詩にもある。鶴林玉露という書に、「杜少陵(杜甫)の詩に『風は翠の篠竹を含んでたおやかに清らかで、雨は紅の花を濡らしてしっとりと香る』とある。上の句は風の中に雨があり、下の句は雨の中に風がある。これを互体という」とある。
解説
定家の一首と杜甫の詩句を並べ、表現の技法の共通点を示した段である。定家の歌は、底冷えのする都には雪も混じらないが、山の端は白く見える夕暮れの雨を詠む。上の句で雪と言いながら降っているのは雨、下の句で雨と言いながら山に積もるのは雪で、二つが入れ替わるように響き合う。宋の鶴林玉露は、杜甫の対句について、風の句に雨が、雨の句に風が含まれている、これを「互体」と呼ぶと説く。宣長は、こうした技法が中国の詩にも日本の歌にもあることを示した。この巻の先の段でも、宋明の詩論に歌と同じ趣があると述べている。漢意を批判しつつも、詩歌の表現の工夫については国を越えた共通性を認めているのである。
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