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玉勝間 / 十の巻 俊成ノ卿定家ノ卿の書キ給へる万葉集と云へる事

甲斐ノ國の身延山と云ふところの事どもをしるしたる、身延鏡と名づけたる物を見たりしに、かの寺の寶藏にをさまれる物どもとて、しるしたる中に、俊成定家卿親子兩筆の萬葉集一部、爲家の古今集、爲相の源氏物語一部、阿佛尼歌抄、左大臣道家公の朗詠集、云云と記るしたるは、まことにさる物ども有るにや。俊成ノ卿定家ノ卿の萬葉集など、ことに心得ぬ事なりかし。

新字:甲斐ノ国の身延山と云ふところの事どもをしるしたる、身延鏡と名づけたる物を見たりしに、かの寺の宝蔵にをさまれる物どもとて、しるしたる中に、俊成定家卿親子両筆の万葉集一部、為家の古今集、為相の源氏物語一部、阿仏尼歌抄、左大臣道家公の朗詠集、云云と記るしたるは、まことにさる物ども有るにや。俊成ノ卿定家ノ卿の万葉集など、ことに心得ぬ事なりかし。

書き下し

甲斐の国の身延山と云うところの事どもをしるしたる、身延鏡と名づけたる物を見たりしに、かの寺の宝蔵におさまれる物どもとて、しるしたる中に、俊成定家卿親子両筆の万葉集一部、為家の古今集、為相の源氏物語一部、阿仏尼歌抄、左大臣道家公の朗詠集、云々と記したるは、まことにさる物ども有るにや。俊成の卿定家の卿の万葉集など、ことに心得ぬ事なりかし。

現代語訳

甲斐国の身延山という所の事々を記した、「身延鏡」と名付けたものを見たところ、あの寺(久遠寺)の宝蔵に納められている物として記した中に、「俊成・定家卿親子両筆の万葉集一部、為家の古今集、為相の源氏物語一部、阿仏尼の歌抄、左大臣道家公の朗詠集」云々と記してあるのは、本当にそんな物があるのだろうか。俊成卿・定家卿の万葉集などは、とりわけ納得のいかないことである。

解説

身延山久遠寺の宝物を記した「身延鏡」に、俊成と定家の親子が書き分けた万葉集一部をはじめ、為家の古今集、為相の源氏物語、阿仏尼の歌書などが並んでいるのを見て、宣長が首をかしげた段である。本当にそんな物があるのか、とりわけ俊成・定家の筆の万葉集は合点がいかない、という。寺社の宝物目録には名筆と伝える品が多いが、真偽は別問題である。御子左家の系譜や歌人たちの事績を追ってきた宣長には、二人が親子で万葉集を書き写したという話が、伝えられる仕事ぶりから見て不自然に思えたのだろう。ただし宣長は疑いを述べるだけで断定はしない。有名人の名を冠した物に出会ったとき、その来歴を一度は疑ってみるという健全な懐疑が、ここにも見える。

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