玉勝間 / 一の巻 後京極ノ摂政の御歌
千五百番の歌合に後京極殿、「雲はるる雪の光やしろたへの衣ほすてふ天のかぐ山。持統天皇の大御歌の上二句をかへたるのみなれども、めづらしくとりなし給へる故に、耳にもたたず、めでたく聞ゆるなり。されば判者も難ずる事無かりき。
書き下し
千五百番の歌合に後京極殿、「雲はるる雪の光やしろたえの衣ほすてふ天のかぐ山。持統天皇の大御歌の上二句をかえたるのみなれども、めづらしくとりなし給える故に、耳にもたたず、めでたく聞こゆるなり。されば判者も難ずる事無かりき。
現代語訳
千五百番歌合で後京極殿(藤原良経)が「雲が晴れて見える雪の光だろうか、白妙の衣を干すという天の香具山は」と詠まれた。持統天皇の御歌の上の二句を変えただけであるが、目新しく取りなされたので、耳にも障らず、見事に聞こえるのである。だから判者も非難することがなかった。
解説
本歌取りの見事な例を挙げた段である。新古今時代の歌人藤原良経は、持統天皇の「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山」の上の二句だけを「雲はるる雪の光や」と替えた。下の三句はそっくり同じなのに、夏の白い衣が冬の雪の輝きに見立て直され、まったく新しい景色が立ち上がる。宣長は、ほとんど借り物なのに耳障りでなく、めでたく聞こえるのは、取りなし方が新鮮だからだと評し、判者も咎めなかったと記す。古い名歌を下敷きにして新しい世界を開く本歌取りは、宣長も重んじた技法である。模倣と創造の境目は、どれだけ借りたかではなく、何を新たに見せたかにある。今の創作にもそのまま通じる見方である。
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