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玉勝間 / 十の巻 十王経

所渡有三とは、みつせ川を云ひ、尋初開男云云なども、ふるき物語書どもなどに見えたる事にて、その外も皆世ノ中に云ひならへる說によりて、作りたるものなり。さるをかへりて、世に云ひならへるは、此經より出たるものと心得たる人も有るは、いみしきたがひなり。作りたる名どものさまも、事のさまも、あらたに物したるさまには有らず。世の說をとれるほど、しるき物をや。

新字:所渡有三とは、みつせ川を云ひ、尋初開男云云なども、ふるき物語書どもなどに見えたる事にて、その外も皆世ノ中に云ひならへる説によりて、作りたるものなり。さるをかへりて、世に云ひならへるは、此経より出たるものと心得たる人も有るは、いみしきたがひなり。作りたる名どものさまも、事のさまも、あらたに物したるさまには有らず。世の説をとれるほど、しるき物をや。

書き下し

所渡有三とは、みつせ川を云い、尋初開男云々なども、ふるき物語書どもなどに見えたる事にて、その外も皆世の中に云いならえる説によりて、作りたるものなり。さるをかえりて、世に云いならえるは、この経より出でたるものと心得たる人も有るは、いみじきたがいなり。作りたる名どものさまも、事のさまも、あらたに物したるさまには有らず。世の説をとれるほど、しるき物をや。

現代語訳

「渡る所に三つあり」というのは三瀬川(三途の川)のことを言い、「初めて契った男を尋ねて」云々なども、古い物語の書物などに見えることであって、そのほかもみな世の中で言い習わしてきた説によって作ったものである。それなのに逆に、世に言い習わしていることはこの経から出たものだと心得ている人もいるのは、ひどい間違いである。作った名前のありさまも、事柄のありさまも、新たに考え出したようすではない。世間の説を取り入れたことが、はっきりしているではないか。

解説

後半で宣長は、十王経と世間の言い伝えのどちらが先かを論じる。三途の川の三つの渡り、死後に初めて契った男が女を背負って川を渡るという話などは、すでに古い物語に見えるもので、経はそうした世の説を寄せ集めて作ったにすぎない。ところが世間には、言い伝えのほうがこの経から出たと思い込む人がいる。宣長はそれを「いみじきたがい」と退ける。初めて契った男が女を背負って渡るという話は、源氏物語の真木柱の巻にも見える。権威ある経典の体裁をとっていても中身の出どころは民間の俗信だという指摘は、今の私たちが目にする情報にも当てはまる。もっともらしい典拠が付いているとき、どちらが先にあったのかを確かめる目が欠かせない。

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