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玉勝間 / 十の巻 十王経

世に十王經と云ふ物あり、佛說地藏菩薩發心因緣十王經と題號したり。その云へる事ども、皆むげに拙なき僞はり事のみなり。さるはもろこしにても、僞經と云ふ多く有るを、これはさにも有らず、ただ皇國人の作れるものなり。其文の中に、一切衆生、臨命終時、闇魔法王遣魔魔卒。一名奪魂鬼、二名奪精鬼、三名縛魄鬼。卽縛三魂、至門關樹下、樹有荊棘、宛如鋒刄。二鳥栖掌、一名無常鳥、二名拔目鳥、我汝舊里、化成鷗纖、示怪語鳴別都頓宜壽。我汝舊里、化成烏鳥、示怪語、鳴阿和薩加。爾時知否。亡人答曰。都不覺知。云云、然通樹門、闇魔王國、塊死天山南門、亡人重過、兩莖相逼、破膜割膚、折骨漏髓、死天重死、故言死天。從此向入死山、險坂尋杖、路石顯鞋云云。死天冥塗間、五百史繕那云云、葬頭河曲、於初江邊、官廳相連承所、渡前大河、卽是葬頭見渡亡人名奈河津。所渡有三、山水瀨、二江深淵、三有橋渡。官前有大樹、名衣領樹。影住二鬼、一名奪衣婆、二名懸衣翁、婆鬼警盜業、折兩手指、翁鬼惡無義、逼頭足一所尋初開男、負其女人、牛頭鐵棒、挾二人肩、追渡疾瀨、など云へる、別都頓宜壽はほととぎす、死天山はしでのやま、葬頭河はさうづがはなり。

新字:世に十王経と云ふ物あり、仏説地蔵菩薩発心因縁十王経と題号したり。その云へる事ども、皆むげに拙なき偽はり事のみなり。さるはもろこしにても、偽経と云ふ多く有るを、これはさにも有らず、ただ皇国人の作れるものなり。其文の中に、一切衆生、臨命終時、闇魔法王遣魔魔卒。一名奪魂鬼、二名奪精鬼、三名縛魄鬼。即縛三魂、至門関樹下、樹有荊棘、宛如鋒刄。二鳥栖掌、一名無常鳥、二名抜目鳥、我汝旧里、化成鴎繊、示怪語鳴別都頓宜寿。我汝旧里、化成烏鳥、示怪語、鳴阿和薩加。爾時知否。亡人答曰。都不覚知。云云、然通樹門、闇魔王国、塊死天山南門、亡人重過、両茎相逼、破膜割膚、折骨漏髄、死天重死、故言死天。従此向入死山、険坂尋杖、路石顕鞋云云。死天冥塗間、五百史繕那云云、葬頭河曲、於初江辺、官庁相連承所、渡前大河、即是葬頭見渡亡人名奈河津。所渡有三、山水瀨、二江深淵、三有橋渡。官前有大樹、名衣領樹。影住二鬼、一名奪衣婆、二名懸衣翁、婆鬼警盗業、折両手指、翁鬼悪無義、逼頭足一所尋初開男、負其女人、牛頭鉄棒、挟二人肩、追渡疾瀨、など云へる、別都頓宜寿はほととぎす、死天山はしでのやま、葬頭河はさうづがはなり。

書き下し

世に十王経と云う物あり、仏説地蔵菩薩発心因縁十王経と題号したり。その云える事ども、皆むげに拙なき偽り事のみなり。さるはもろこしにても、偽経と云う多く有るを、これはさにも有らず、ただ皇国人の作れるものなり。その文の中に、一切衆生、命終に臨む時、閻魔法王、魔の魔卒を遣わす。一を奪魂鬼と名づけ、二を奪精鬼と名づけ、三を縛魄鬼と名づく。即ち三魂を縛して、門関の樹の下に至る。樹に荊棘有り、宛も鋒刃の如し。二鳥掌に栖む、一を無常鳥と名づけ、二を抜目鳥と名づく。我は汝が旧里にて、化して鷗纖と成り、怪語を示して別都頓宜寿と鳴く。我は汝が旧里にて、化して烏鳥と成り、怪語を示して、阿和薩加と鳴く。爾の時知るや否や。亡人答えて曰く、都て覚知せず。云々、然して樹門を通り、闇魔王国、塊死天山の南門、亡人重ねて過ぐれば、両茎相逼り、膜を破り膚を割き、骨を折り髄を漏らす、死天に重ねて死す、故に死天と言う。此れより死山に向い入る、険坂に杖を尋ね、路石に鞋を顕わす云々。死天と冥塗の間、五百史繕那云々、葬頭河の曲、初江の辺に於て、官庁相連なり承くる所、前の大河を渡る、即ち是れ葬頭なり、亡人の渡るを見る、奈河津と名づく。渡る所に三有り、山水の瀬、二は江深き淵、三は橋渡有り。官の前に大樹有り、衣領樹と名づく。影に二鬼住む、一を奪衣婆と名づけ、二を懸衣翁と名づく、婆鬼は盗業を警めて、両手の指を折り、翁鬼は無義を悪みて、頭足を一所に逼め、初開の男を尋ねて、その女人を負わしめ、牛頭鉄棒もて、二人の肩を挟み、追いて疾き瀬を渡らしむ、など云える、別都頓宜寿はほととぎす、死天山はしでのやま、葬頭河はそうずがわなり。

現代語訳

世に十王経というものがあり、「仏説地蔵菩薩発心因縁十王経」と題している。そこに言っていることは、みなひどく拙い作り事ばかりである。というのも、中国にも偽経というものは多くあるが、これはそれでもなく、ただ皇国の人が作ったものである。その文の中に次のようにある。「一切の衆生が命の終わりに臨む時、閻魔法王は魔の獄卒を遣わす。一を奪魂鬼、二を奪精鬼、三を縛魄鬼という。すなわち三つの魂を縛って、門の関所の木の下に至る。木には茨があって、まるで刃の切っ先のようである。二羽の鳥が掌に棲み、一を無常鳥、二を抜目鳥という。『私はお前の故郷で、姿を変えて鷗纖となり、怪しい声を上げて別都頓宜寿と鳴いた。私はお前の故郷で、姿を変えて烏となり、怪しい声を上げて阿和薩加と鳴いた。その時お前は気づいたか』。亡者が答える、『まったく気づきませんでした』」云々。「そうして樹の門を通って、閻魔王の国、塊死天山の南門を、亡者が重ねて通ると、二つの茎が両側から迫り、膜を破り膚を裂き、骨を折り髄を漏らす。死んだうえに重ねて死ぬので死天という。ここから死の山に向かって入り、険しい坂では杖を探し、道の石には草鞋が現れる」云々。「死天と冥途の間は五百由旬」云々。「葬頭河のほとり、初江のあたりで、役所が連なって受け付ける所で、前の大河を渡る。これがすなわち葬頭河で、亡者が渡るのを見て、奈河津と名づける。渡る所は三つあり、山水の瀬、二つめは深い淵、三つめは橋がある。役所の前に大樹があり、衣領樹という。その陰に二人の鬼が住み、一を奪衣婆、二を懸衣翁という。婆の鬼は盗みの罪を戒めて両手の指を折り、翁の鬼は不義を憎んで頭と足を一か所に押し縮め、初めて契った男を尋ねて、その女を背負わせ、牛頭の鬼が鉄棒で二人の肩を挟み、追い立てて速い瀬を渡らせる」などと言っている。別都頓宜寿は「ほととぎす」、死天山は「しでのやま(死出の山)」、葬頭河は「そうずがわ(三途の川)」である。

解説

地蔵十王経と呼ばれる経典の中身を示し、それが日本で作られた偽経だと断じる段の前半である。宣長が引く一節には、臨終の人のもとに閻魔王の使いの鬼が来て魂を縛り、死出の山を越え、三途の川を渡らせ、川辺の衣領樹の下で奪衣婆と懸衣翁が亡者の衣をはぎ取るという、今も知られる冥土の道具立てがそろう。宣長が注目するのは、経文の「別都頓宜寿」「死天山」「葬頭河」が、それぞれ日本語の「ほととぎす」「しでのやま」「そうずがわ」に漢字を当てたものだという点である。日本語を下敷きにした和製の経典であることが、言葉の側からあらわになる。仏典への宣長の立場は割り引くとしても、文字の当て方から文献の出どころを見抜く手並みは、文献学の方法として鮮やかである。

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