玉勝間 / 十一の巻 皇極経世書と云ふからぶみの説
この天地の始終の說も、佛ぶみの說と同じ事にて、人の見る事なきものなれば、そらに理を考へて云はむには、如何にも造り云ふべけれども、そは其の始終の時に生れあひて、まさしく見ずは、其說のあたれる事は、いかでかは知らむとする。
新字:この天地の始終の説も、仏ぶみの説と同じ事にて、人の見る事なきものなれば、そらに理を考へて云はむには、如何にも造り云ふべけれども、そは其の始終の時に生れあひて、まさしく見ずは、其説のあたれる事は、いかでかは知らむとする。
書き下し
この天地の始終の説も、仏ぶみの説と同じ事にて、人の見る事なきものなれば、そらに理を考えて云わむには、いかにも造り云うべけれども、そはその始め終りの時に生まれあいて、まさしく見ずは、その説のあたれる事は、いかでかは知らむとする。
現代語訳
この天地の始めと終わりの説も、仏典の説と同じことで、人が見ることのないものであるから、頭の中で理屈を考えて言うのであれば、どのようにでも作って言うことができるが、それは、その始めと終わりの時に生まれ合わせて実際に見るのでなければ、その説が当たっているかどうかを、どうして知ることができようか。
解説
邵康節批判の結びである。天地の始めと終わりは、仏典の説く死後の世界と同じく、誰も見たことのないものである。見たことのないものについては、頭の中の理屈でいくらでも作り話ができる。しかしその説が当たっているかどうかは、その時に生まれ合わせて自分の目で見ない限り確かめようがない、と宣長は言い切る。宣長の古学は、古事記に記された神代の伝えを、人の理屈で解釈し直さずにそのまま受け取ることを主張した。その裏には、人の知恵には確かめられる範囲に限りがあるという強い自覚があった。見ていないことを見てきたように語る説への警戒は、推測と事実を区別するという、あらゆる学問の基本にもつながっている。
関連する章句
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『玉勝間』十一の巻 皇極経世書と云ふからぶみの説もろこしに、宋と云いし代に、邵康節とて、名高き物知り人のあらわせる、皇極経世書と云うふみに、天地の始め終りを、一日の夜昼の如くめぐる物とし、元会運世歳月日辰と、八層に積みかさねて、そを一めぐりとし、その一元の間の年の数、十二万九千六百歳と定めたり。そは何を以て、さは定めたるぞと云うに、一日の辰の数と、一年の月の数との十二と、一月の日の数と、一世の年の数との三十とをもて、互いにつぎつぎにつみ重ねて、はかりたる物にして、これを自然の数なりと云えり、今思うに、この説すべて信じがたし。まず一日の辰の数、一年の月の数、たまたま十二、一月の日の数、一世の年の数、たまたま三十なればとて、世運会をも、その数をもて重ぬべき由は無きを、殊に一日の辰の数を、十二と定めたるは、人のしわざにこそあれ。実に十二なるしるしは無ければ、幾つにきざみても、同じ事なり。また三十年を一世とするも、人のしわざにて、実にそのしるしは有る事無し。然れば十二と云う拠り所は、ただ一年の月の数のみなり。三十の拠り所も、ただ一月の日の数のみなるを、余をも、おしてその数を以て定めたるは、いといと妄ならずや。いかでかこれを自然の数とは云うべき。
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『玉勝間』十一の巻 人のうまるるはじめ、死て後の事人の生まれ来るはじめ、また死にて後、いかなるものぞと云う事、誰も心にかけて、明らめ知らまほしくするならいなるを、仏ぶみに説きたる、生死の趣、心性のさだ、いと委しきようなれど、皆人の考えたる、作り事なれば、よく悟りあきらめたらむも、ついに何の用も無き、いたずらわざなり。ただ儒者の説に、死にて身ほろびぬれば、心神もともに消えうせて、残る事無しと云えるぞ、よく思いめぐらせば、真にさるべきことわりとは聞こえたる。然はあれども、これもまた頼み難し。すべて物の理は限り無きものにて、火の色は赤きに、焼けたる物は、黒くなり、また灰になれば、白くこそなれ。すべてかく思いのほかなる事有りて、思いはかれるとは、いたくたがえる事の多ければなり。されば人の死にて後のようも、さらに人の智もて、一わたりのことわりによりて、はかり知るべきわざには有らず、思いのほかなるものにぞ有るべき。これを思うにも、皇国の神代の神のつたえ説に、夜見国にまかると云えるこそ、いといと尊けれ。から国のことわり深げなる、さかしき説どもは、なかなかにいとあさはかなる事なりかし。
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『玉勝間』五の巻 漢籍と神ノ御典とのけぢめからぶみの説は、いとかしこくは聞ゆれども、人のさとりは限りし有れば、及ばぬところ有りて、かの人のたくみをもて、人を作らんとすれども、ついに作り得ることあたわざるがごとくなるを、神代の伝えごとは、かの閨の内の態の、見る目ははかなく愚かなれども、よく人を造りなすに同じきをや。このふたつを思いわたして、神世の事どもの、うわべは、なにのことわり有りげも無く、はかなくおろかに聞こゆれども、まことには、人の智の及びがたくはかりがたき、深き理のそなわりたんめる事を、さとりねかしとぞ。
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『玉勝間』十一の巻 皇極経世書と云ふからぶみの説また辰より元までの八層も、八の数よりどころ無ければ、これも十二層にしても、なお多くいく層積みても、同じ事なるを、八層にしもとじめたるは、辰日月歳の四つにならいて、その上をもまた四つかさねたる物にして、世運会元と云うは、わたくしに造りたる物にこそあれ、実にさる定まりは有ること無し。またかの十二の数をば、十二支を以て、子に始まり亥に終るなど云えれども、然らば三十の数も、さる事あるべき物なるに、三十には配当る物なきもおかし、すべてかかる浅はかなる事どもを以て、いかでか天地の始め終りを測る事を得む。いともいともおおけなく、拙なく愚かなる事にぞ有りける。いわゆる理学家の説は、大かたこうようのおかしき事のみぞ多かる。然るをその後の世々のもの知り人どもの、この説をいたく称えて、洞に天地の運化を見明らめたるごと云いあえるも、またいと愚かなる事ぞかし。すべて仏ぶみの説のごとく、人の目に見ぬうしろの事を云うは、いかにも云わるる物にて、易きわざなるを、ただその説の理の、さも有らむと覚ゆるを、人は信ずるならいなれども、人の智もてはかりたる理は、思いのほかにたがう事有れば、さらに信みがたし。
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『慎思録』巻之二邵子は天地の始終闔闢を言ふ。一元の数終はりて復た始まる。是れ前聖の未だ言はざる所の者なり。然れども其の理或いは然らん。此を以て之を推すに、開闢の前にも亦た天地有り。其の一元の数も、亦た猶ほ今の天地の数のごとし。前の天地の中に万物有るも、亦た猶ほ今の有る所のごとし。再び開闢するの後にも亦た天地万物有ること、恰も今の天地万物有るが如く然り。前後一元の数、同じく終はりて復た始まること、幾回なるかを知らず。蓋し天地万物には一定の理有り、万古変化するも、不易の道有り。故に万闔万闢すと雖も、天地人物の異ならざること、恰も今の天地の如し。此れ臆度の言にして、証験無しと雖も、理を以て之を推すに、恐らくは当に此くの如くなるべし。頃ろ薛敬軒の書を見るに、其の説く所の意も亦た此くの如し。
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『直毘霊』天地のことわりは神の御所為そもそも天地のことわりはしも、すべて神の御所為にして、いともいとも妙に奇しく、霊しき物にしあれば、さらに人のかぎりある智りもては、測りがたきわざなるを、いかでかよくきわめつくして知ることのあらむ。然るに聖人のいえる言をば、何ごともただ理の至極と、信じたっとみおるこそいと愚なれ。
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