玉勝間 / 十の巻 しをり
六帖に、山の題の歌に、「しをりして行かまし物をあひづ山いるよりまどふ道と知りせば。しをりと云ふ物、これに見えたるなどや、始めならむ。猶古く有るか、覺えずなん。
新字:六帖に、山の題の歌に、「しをりして行かまし物をあひづ山いるよりまどふ道と知りせば。しをりと云ふ物、これに見えたるなどや、始めならむ。猶古く有るか、覚えずなん。
書き下し
六帖に、山の題の歌に、「しおりして行かまし物をあいづ山いるよりまどう道と知りせば。しおりと云う物、これに見えたるなどや、始めならむ。なお古く有るか、覚えずなん。
現代語訳
古今和歌六帖の「山」の題の歌に、「枝折(しおり)をしながら行けばよかったものを。会津山は入るとすぐに迷う道だと知っていたならば」とある。「しおり」というものは、これに見えているのなどが最初であろうか。もっと古くにもあるかどうか、思い当たらない。
解説
「しおり」という言葉の古い用例を書き留めた短い段である。しおりは本来、山道で木の枝を折って目印とし、帰り道を見失わないようにすること、またその目印を言った。古今和歌六帖の歌は、会津山が入ってすぐ迷う道だと知っていたら枝を折りながら行ったのに、と悔やむ。宣長はこれを「しおり」の見える早い例かとし、さらに古い例があるかは思い出せないと留保をつける。分からないことは分からないと書く態度が、ここにもある。今では本に挟む栞としてなじみ深い語が、もとは山で迷わぬための工夫だったと知れば、読みさしの頁に栞を挟むことにも、帰り道を失わない知恵が重なって見える。言葉の由来をたどることは、身近な物を新しく見直すことでもある。
関連する章句
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『玉勝間』十の巻 たんざく三代実録廿七の巻に、短籍と見え、また卅五の巻に、短冊とも見えたり。但し歌を書く物にはあらず。
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