玉勝間 / 九の巻 引出物
ひきで物と云ふは、もと馬を牽て、贈リ物にするより出たる事なり、北山抄大饗ノ條に、次尊者牽出物(馬二疋、若尊者好鷹者、馬一疋、鷹一聯加犬、)など見えたり。
新字:ひきで物と云ふは、もと馬を牽て、贈リ物にするより出たる事なり、北山抄大饗ノ条に、次尊者牽出物(馬二疋、若尊者好鷹者、馬一疋、鷹一聯加犬、)など見えたり。
書き下し
ひきで物と云うは、もと馬を牽きて、贈り物にするより出でたる事なり、北山抄大饗の条に、次に尊者の牽出物(馬二疋、若し尊者鷹を好む者ならば、馬一疋、鷹一聯に犬を加う、)など見えたり。
現代語訳
「引出物」というのは、もとは馬を牽いて出して贈り物にすることから出たことである。『北山抄』の大饗の条に、「次に尊者(主賓)への牽出物(馬二頭。もし尊者が鷹を好む人ならば、馬一頭と鷹一羽に犬を添える)」などと見えている。
解説
祝いの席で客に贈る「引出物」という言葉の由来を示した段である。宣長は、もとは庭に馬を牽き出して客に贈ったことから出た名だと言い、藤原公任の儀式書『北山抄』の大饗の記事を証として挙げる。大饗は大臣などが催した盛大な宴で、主賓には馬二頭を贈り、鷹を好む人なら馬一頭に鷹と犬を添えたという。客の好みに合わせて贈り物を変える細やかさも読み取れる。婚礼の引出物のように今も続く習いの名が、平安の宮廷の宴に由来することがわかると、その言葉の重みも違って感じられる。宣長は、暮らしの習わしの起こりを、確かな記録の一文で押さえていくのである。
関連する章句
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