玉勝間 / 八の巻 馬子
西宮記に、馬子六人、馬子四人など見えたり。馬につきたる者なり。今の世に、まごと云ふは是れなり。
書き下し
西宮記に、馬子六人、馬子四人など見えたり。馬につきたる者なり。今の世に、まごと云うは是れなり。
現代語訳
西宮記に「馬子六人」「馬子四人」などと見える。馬に付き添う者である。今の世に「まご」と言うのはこれである。
解説
馬を引いて人や荷を運ぶ「馬子(まご)」という呼び名が、平安時代の儀式書にすでに見えることを書き留めた短い段である。西宮記は源高明が著した儀式書で、行列や行事の人員配置が細かく記されており、その中に馬に付き従う者として「馬子」の語がある。江戸時代の街道で荷を運ぶ馬子は、身分の低い者と見られ、「馬子にも衣装」のことわざでも知られる。宣長は、そうした庶民の呼び名が、千年近く前の朝廷の記録にまで遡ることに興を覚えたのであろう。八の巻の後半には、このように古記録を読んでいて今の言葉の由来に気づいたものを、一語ずつ短く書き留めた段が続く。宣長は膨大な古記録を読み、その中から今に生きる言葉を拾い上げた。身近な言葉の中に長い歴史が眠っていることを、さりげなく教えてくれる。
関連する章句
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『玉勝間』八の巻 まにあはぬ又間にあわぬと云う事も、是れに見えたり。近き世の言には有らず。
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『玉勝間』八の巻 すそをつまげる俗言に、衣のすそをつまげると云うは、万葉集二十の巻の長歌に、御裳のすそつみあげかきなで、と有る、此つみあげのつづまれる詞なり。
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