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玉勝間 / 九の巻 人ノ名を文字音に云ふ事

人の名を、世に文字の音にて呼ならへる事、古くは、時平ノ大臣、多田ノ滿仲、源ノ賴光、安倍ノ晴明などの如き有り。やや後には、俊成卿定家卿、家隆卿、鴨ノ長明など、もはら文字こゑにのみ云ひならへり。琵琶ほうしの、平家物語を語るを聞くに、常にはさもあらぬ、もろもろの人の名どもも、多くは文字こゑに物すなるは、當時ことに、世の中にさかりなりし事なめり。

新字:人の名を、世に文字の音にて呼ならへる事、古くは、時平ノ大臣、多田ノ満仲、源ノ頼光、安倍ノ晴明などの如き有り。やや後には、俊成卿定家卿、家隆卿、鴨ノ長明など、もはら文字こゑにのみ云ひならへり。琵琶ほうしの、平家物語を語るを聞くに、常にはさもあらぬ、もろもろの人の名どもも、多くは文字こゑに物すなるは、当時ことに、世の中にさかりなりし事なめり。

書き下し

人の名を、世に文字の音にて呼びならえる事、古くは、時平の大臣、多田の満仲、源の頼光、安倍の晴明などのごとき有り。やや後には、俊成卿・定家卿、家隆卿、鴨の長明など、もはら文字ごえにのみ云いならえり。琵琶ほうしの、平家物語を語るを聞くに、常にはさもあらぬ、もろもろの人の名どもも、多くは文字ごえに物すなるは、当時ことに、世の中にさかりなりし事なめり。

現代語訳

人の名を世間で漢字の音読みで呼び慣わすことは、古くは、時平(じへい)の大臣、多田満仲(まんじゅう)、源頼光(らいこう)、安倍晴明(せいめい)などのような例がある。やや後には、俊成(しゅんぜい)卿、定家(ていか)卿、家隆(かりゅう)卿、鴨長明(ちょうめい)など、もっぱら字音でばかり言い慣わした。琵琶法師が『平家物語』を語るのを聞くと、ふだんはそうでない、さまざまな人の名も、多くは字音で言っているのは、当時とりわけ世の中で盛んだったことなのであろう。

解説

人の名を訓ではなく漢字の音で呼ぶ習いについて述べた段である。時平をジヘイ、頼光をライコウ、晴明をセイメイ、定家をテイカ、長明をチョウメイと呼ぶのは、本来の名乗りの読みではなく、字の音読みである。宣長は、琵琶法師の語る『平家物語』では、ふだん訓で呼ぶ人の名まで多くが音で語られることに気づき、中世にはこの呼び方が特に盛んだったのだろうと推す。本当の読みが分からなくなった人も多いが、音読みで呼ぶことで敬意や親しみを表したとも考えられる。宣長は耳で聞いた語りの言葉も資料として使う。書かれた文字だけでなく、語り継がれた音にも言葉の歴史が残っていると考えていたのである。

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