玉勝間 / 九の巻 対馬の式社
そもそも式社は、國のやむことなき神たちなるに、何れの國も、今の世には、定かならざるが多く、絕給へるさへ多きは、萬づよりも憂はしきわざなるを、さる片ほとりの島國にしも、上の件のごとく全く皆たしかにて坐ことは、いとも珍らしく、有がたく覺ゆるままに、殊に斯くしるせるなり。思ふにかの島などは、遙かに海中に、離れたる所なれば、かへりて國の亂れさわぎたりし世なども、をさをさ有らざりけむゆゑに、古、のさまの、いたくは變らぬにや有らむ。とまれかくまれ、いと尊きことにぞ有ける。
新字:そもそも式社は、国のやむことなき神たちなるに、何れの国も、今の世には、定かならざるが多く、絶給へるさへ多きは、万づよりも憂はしきわざなるを、さる片ほとりの島国にしも、上の件のごとく全く皆たしかにて坐ことは、いとも珍らしく、有がたく覚ゆるままに、殊に斯くしるせるなり。思ふにかの島などは、遥かに海中に、離れたる所なれば、かへりて国の乱れさわぎたりし世なども、をさをさ有らざりけむゆゑに、古、のさまの、いたくは変らぬにや有らむ。とまれかくまれ、いと尊きことにぞ有ける。
書き下し
そもそも式社は、国のやむことなき神たちなるに、いずれの国も、今の世には、定かならざるが多く、絶え給えるさえ多きは、万よりも憂わしきわざなるを、さる片ほとりの島国にしも、上の件のごとく全く皆たしかにて坐すことは、いとも珍らしく、有りがたく覚ゆるままに、殊にかくしるせるなり。思うにかの島などは、遥かに海中に、離れたる所なれば、かえりて国の乱れさわぎたりし世なども、おさおさ有らざりけむゆえに、古えのさまの、いたくは変わらぬにや有らむ。とまれかくまれ、いと尊きことにぞ有りける。
現代語訳
そもそも式内社は国の尊い神々であるのに、どの国も今の世には所在が定かでないものが多く、祀りが絶えておられるものさえ多いのは、何よりも嘆かわしいことである。それなのに、そのような片隅の島国で、上に挙げたように全部がみな確かでおいでになることは、たいそう珍しく、ありがたく思われるので、とりわけこのように記したのである。思うに、あの島などは遥か海の中に離れた所なので、かえって国が乱れ騒いだ時代なども、ほとんどなかったために、昔の様子がひどくは変わらないのであろうか。ともかくも、たいそう尊いことである。
解説
関連する章句
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『玉勝間』九の巻 対馬の式社都都智の神社は、佐須の郷久根村にあり、神階従五位下、今は矢立神山と申す。銀山の神社は、同郷樫根村に有り、神階従五位下、今は六所大明神と申す。上の件十三社は、下つ県の郡なり。然るに豆酸の郷、和名抄に上つ県の郡に有り、佐須の郷・与良の郷は、同抄に見えざれども、賀志郷・鶏知の郷ありて、これ又ともに上つ県の郡に見えたり。然れば式と和名抄と、郡の上下あいかわれり。今も和名抄のごとくにて、初めの十六社は、みな下つ県、後の十三社は、みな上の県の郡なり、とぞ。いつの世に、いかなる由にて、さはかわりぬらむ。さて右の神社どもの中に、多久頭多麻の神社、式には、下なる多の字無し。又多久頭魂の神社、式には魂の字無し。郷名のうちの、豆酸の酸の字、めづらしければ、もし酸を誤れるにはあらざるかと思いしに、字書を見れば、酸の字音頭なり。この郷を、朝鮮国の海東諸国記と云う物には、豆豆郡としるせり。さてこの対馬の式社の事も、小篠の御野が、彼の島にあい知れる人の有るが許に、問いにやりしに、書きつけておこせしとて、ここにも書きつけて見せにおこせたりしを、しるせるなり。
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『玉勝間』九の巻 対馬の式社大島の神社は、仁位の郷仁位村に有り、神階従五位下、今は和多都美神社と申す。波良波の神社は、同郷同村に有り、神階従五位下、今は軍殿と申す。上の件十六社は、上つ県の郡なり。然るに、三根・佐護・伊奈などの郷みな和名抄には、下つ県の郡に有り。又仁位の郷は、和名抄には見えざれども、これも古えは上県郡なりしを、今は下県の郡なりと云えり。高御魂神社は、豆酸郷豆酸村に有り、神階従四位上。銀山上の神社は、佐須郷久根村に在り、神階従五位下、今は五所大明神と申す。雷命神社は、同郷阿連村に有り、神階従五位下、今は八龍殿と申す。和多都美の神社は、国府に有り、神階正四位上、今は八幡宮と申す。多久頭魂神社は、豆酸の郷豆酘村に有り、神階従四位上、攸記宮とも申す。太祝詞の神社は、与良の郷加志村に有り、神階従四位上、今は加志大明神と申す。阿麻氐留神社は、同郷小船越村にあり、神階従五位下、今は照日権現と申す。住吉の神社は、同郷鶏知村に在り、神階従四位上。和多都美の神社は、住吉と同社なり、神階従五位上。平の神社は、国府八幡宮の西の側らに有り、神階正四位上、今は脇の宮と申す。敷島の神社は、与良の郷加志村に有り、神階従五位上。
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『玉勝間』九の巻 対馬の式社和多都美の神社は、三根の郷木坂村に在り。神階従四位上、今は八幡本宮と申す。島大国魂の神社は、豊崎の郷豊村にあり、神階正五位下、今は島の首神の社と申す。能理刀の神社は、同郷西泊村に有り、神階従五位下。天の諸羽の命の神社は、佐護の郷恵古村に有り、神階従五位上。天神多久頭多麻の神社は、同郷湊村に在り、神階従五位上、又主基社とも申す。宇努刀の神社は、古えは三根の郷佐賀に在り、今は国府八幡宮の境内に有りて、祇園の社と申す、神階従五位上。小枚宿禰の命の神社は、三根の郷三根村に有り、神階従五位上、今は座王権現と申す。那須加美乃金子の神社は、伊奈の郷三根の郷の堺にて、南は三根の郷志多賀村、北は伊奈の郷小鹿村なり。今は那祖師大明神と申す、神階従五位上。伊奈久比神社は伊奈郷伊奈村に有り、神階従五位上。行相神社は、佐護・伊奈二郷の堺に有り、神階従五位上。和多都美御子の神社は、仁位郷仁位村に在り、神階正五位上、今は天神と申す。胡禄神社は、伊奈の郷琴村に有り、神階従四位下、今は琴崎の社と申す。胡禄御子神社は同郷同村に有り、神階従四位下、今は郷崎の社と申す。島大国魂御子神社は、佐護の郷佐須奈村に有り、神階正五位下。
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『玉勝間』六の巻 古き名どころを尋ぬる事ふるき神の社の、今は絶えたる、また絶えざれども、定かならず成りぬるなど、いずくにも多かるは、いと悲しきわざなり。神祇官の帳にのれるなどは、欠けてもさは有るまじきわざなるを、中頃の世の乱れに、天の下のよろずの事も、古の掟も、皆みだれに乱れ、絶え失せに絶え失せにたる、万ずにつけて、いともいともかなしきは、乱れ世のしわざなりけり。さるを今の御世は、古えにも稀なるまで、よく治まりて、いともめでたく、天の下栄えに栄ゆるままに、よろずに古をたずねて、絶えたるを起こし、おとろえたるを直し給う御世にし有れば、神の社どもは、殊に古に立ちかえりて、栄ゆべき時なりけり。しか有るにつけては、絶えたるは、跡をだに定かに尋ねまほしく、また今も有りながら、さだかならず、疑わしきをば、よく考え尋ねて、確かにそれと、定め知らまほしきわざになむ有りける。次には神の社ならぬも、古えに名あるところどころ、歌枕なども、今は定かならぬが多かるは、かかるめでたき時世にあたりて、尋ね置かまほしきわざなり。
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『玉勝間』十の巻 古へより伝はれる事の絶るをかなしむ事世の中に、古えの事の、いたく衰えたる、またひたぶるに絶えぬるなども多かるを、かかるめでたき御代にあたりて、何事も起したてまほしき中に、絶えたるも、跡をたずねて、またはじめむに、始めつべきは、遅くも疾くも、直毘の神の頼みの、なおのこれるを、一たび絶えては、またつぐべきよし無く、また始むべき便り無き事どもこそ、殊に云うかいなく、口惜しきわざには有りけれ。古き氏々など、神代のゆえよし重きなどは、更にも云わず、さらぬも、早く末の絶え果てぬるが多き、今は如何に思いても、二たびつぎ起すべきよし無くなん。これらを思うに、万の古き事は、わずかにも残りて、絶えざるをだに、おとしあぶさず、よくとりしたためて、今より後、絶ゆまじきさまに、如何にも如何にも、強くかたく成し置かまほしきわざぞかし。
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『玉勝間』七の巻 神わざのおとろへのなげかはしき事よろずよりも、世の中に願わしきは、いかでもろもろの神の社の衰えを、もて直し、もろもろの神わざを、おこさまほしくこそ。今の世の神の社・神事のさまは、おおかた中頃の乱れ世に、いたく衰えすたれたるままなるを、今の世の人は、ただ今のさまをのみ見て、古よりかかるものとぞ思いたんめる。まれまれ書を読む人なども、ただからぶみをのみむねとは読みて、その心もて、万ずをさだして、皇国の古き書どもをば、おさおさ読む人も無ければ、古の御世には、神社・神事を、むねと重くし給いし事をば知らず。また稀れには知れる人も有れども、なお今の世のならいにまぎれては、古を思いくらべて、これを深く歎く人の無きこそ、いと悲しけれ。
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