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玉勝間 / 九の巻 対馬の式社

そもそも式社は、國のやむことなき神たちなるに、何れの國も、今の世には、定かならざるが多く、絕給へるさへ多きは、萬づよりも憂はしきわざなるを、さる片ほとりの島國にしも、上の件のごとく全く皆たしかにて坐ことは、いとも珍らしく、有がたく覺ゆるままに、殊に斯くしるせるなり。思ふにかの島などは、遙かに海中に、離れたる所なれば、かへりて國の亂れさわぎたりし世なども、をさをさ有らざりけむゆゑに、古、のさまの、いたくは變らぬにや有らむ。とまれかくまれ、いと尊きことにぞ有ける。

新字:そもそも式社は、国のやむことなき神たちなるに、何れの国も、今の世には、定かならざるが多く、絶給へるさへ多きは、万づよりも憂はしきわざなるを、さる片ほとりの島国にしも、上の件のごとく全く皆たしかにて坐ことは、いとも珍らしく、有がたく覚ゆるままに、殊に斯くしるせるなり。思ふにかの島などは、遥かに海中に、離れたる所なれば、かへりて国の乱れさわぎたりし世なども、をさをさ有らざりけむゆゑに、古、のさまの、いたくは変らぬにや有らむ。とまれかくまれ、いと尊きことにぞ有ける。

書き下し

そもそも式社は、国のやむことなき神たちなるに、いずれの国も、今の世には、定かならざるが多く、絶え給えるさえ多きは、万よりも憂わしきわざなるを、さる片ほとりの島国にしも、上の件のごとく全く皆たしかにて坐すことは、いとも珍らしく、有りがたく覚ゆるままに、殊にかくしるせるなり。思うにかの島などは、遥かに海中に、離れたる所なれば、かえりて国の乱れさわぎたりし世なども、おさおさ有らざりけむゆえに、古えのさまの、いたくは変わらぬにや有らむ。とまれかくまれ、いと尊きことにぞ有りける。

現代語訳

そもそも式内社は国の尊い神々であるのに、どの国も今の世には所在が定かでないものが多く、祀りが絶えておられるものさえ多いのは、何よりも嘆かわしいことである。それなのに、そのような片隅の島国で、上に挙げたように全部がみな確かでおいでになることは、たいそう珍しく、ありがたく思われるので、とりわけこのように記したのである。思うに、あの島などは遥か海の中に離れた所なので、かえって国が乱れ騒いだ時代なども、ほとんどなかったために、昔の様子がひどくは変わらないのであろうか。ともかくも、たいそう尊いことである。

解説

対馬の式内社の一覧を長々と記した理由を、宣長自身が語った段である。延喜式に載る由緒ある神社は、諸国では所在が分からなくなったり、祀りが絶えたりしたものが多く、宣長はそれを何よりも嘆いていた。ところが遠い対馬では、二十九社すべての所在が確かに伝わっている。宣長は、海に隔てられて戦乱に巻き込まれることが少なかったため、古い姿が保たれたのだろうと推す。中央から遠い所にこそ古いものが残るという見方は、方言や民俗の研究にも通じる考えである。古いものが絶えずに続いていることを、宣長は理屈を超えて「尊い」と言う。神々への敬いと、失われゆくものを惜しむ心が一つになった言葉である。

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