玉勝間 / 九の巻 伎芸に大夫と云ふ名
同書に、花園ノ左大臣の御家に、管絃をよくする者どもを、多く召しおき給へりし事を云へる處にいはく。ふき物、ひき物せぬは少くてほかよりまゐらねど、內の人にて、御遊びたゆること無く、伊賀大夫六條大夫など云ふ、すぐれたる人ども有り云云、と見えたり。今の世に、猿樂その外の伎藝にも、大夫と云ひ、名にも、何大夫とつく、古き事なりけり。
新字:同書に、花園ノ左大臣の御家に、管絃をよくする者どもを、多く召しおき給へりし事を云へる処にいはく。ふき物、ひき物せぬは少くてほかよりまゐらねど、内の人にて、御遊びたゆること無く、伊賀大夫六条大夫など云ふ、すぐれたる人ども有り云云、と見えたり。今の世に、猿楽その外の伎芸にも、大夫と云ひ、名にも、何大夫とつく、古き事なりけり。
書き下し
同書に、花園の左大臣の御家に、管絃をよくする者どもを、多く召しおき給えりし事を云える処にいわく。ふき物、ひき物せぬは少なくてほかよりまいらねど、内の人にて、御遊びたゆること無く、伊賀大夫・六条大夫など云う、すぐれたる人ども有り云云、と見えたり。今の世に、猿楽その外の伎芸にも、大夫と云い、名にも、何大夫とつく、古き事なりけり。
現代語訳
同じ書(『今鏡』)に、花園の左大臣(源有仁)の御邸に、管絃に巧みな者たちを多く召し抱えておられたことを述べたところに、こうある。「笛や笙などの吹き物、琴や琵琶などの弾き物をしない者は少なく、外から参らなくとも、邸内の人だけで管絃の御遊びが絶えることがなく、伊賀大夫、六条大夫などという、すぐれた人々がいた」と見えている。今の世に、猿楽やそのほかの芸能でも「大夫」と言い、名にも「何大夫」と付けるのは、古いことなのであった。
解説
関連する章句
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『玉勝間』九の巻 能と云ふ楽西宮記相撲の条に、相撲了りて能優一番と有り。能優は、猿楽のたぐいと聞こえたり。近き世に、能と云う名はこれなるべし。この能の字は、音態なるべきに、ノウと云うは、昔より誤れるにや。
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『玉勝間』十の巻 師をとると云ふ事源氏物がたりの紅葉賀の巻に、舞の師どもなど、世になべてならぬをとりつつ、おのおの籠りいてなん習いけると有り。世の言に、師匠をとる、弟子をとると云うも、古き事なりけり。
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『玉勝間』十の巻 かぐらかぐらは、古えは、神あそびとぞ云える。さればその歌をも、古今集には、かみあそびの歌とぞしるされたる。神楽と書けるも、古くはかみあそびとぞ訓むべき。かぐらと云う名は、如何なる由にて、いつの程よりか云いそめけむ。六帖の題にはかぐらと書けり。
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『玉勝間』九の巻 人ノ名を文字音に云ふ事人の名を、世に文字の音にて呼びならえる事、古くは、時平の大臣、多田の満仲、源の頼光、安倍の晴明などのごとき有り。やや後には、俊成卿・定家卿、家隆卿、鴨の長明など、もはら文字ごえにのみ云いならえり。琵琶ほうしの、平家物語を語るを聞くに、常にはさもあらぬ、もろもろの人の名どもも、多くは文字ごえに物すなるは、当時ことに、世の中にさかりなりし事なめり。
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『玉勝間』十一の巻 中間と云ふものの事永仁三年にしるせる、布衣記と云うふみに、云云若党中間、跡に上下着て召し具す、また中間の事、折烏帽子小結常なり染直垂に大帷を重ね、袴には大口をかさね云云など云えり。然れば中間と云うもの、昔のは、今の世に云うとは、異なるものなりけむ。
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『玉勝間』六の巻 内侍所御神楽糸束記に曰く、寛仁四年十二月二十八日甲辰、今夜内侍所の御神楽有り、云云。召人十六人(地下の殿上人、歌笛に堪うる者)、近衛司の者七人(人長この中に在り)、内侍二人(一人は典侍、一人は掌侍)、博士十二人、囲司六人、女官十六人、下四人。賢所の御前の物、十二盃(葉子四く、干物四く、飯四く、已上の物は、本より御前に有り、八足の机に居う)。御酒は酒殿に召してこれを用う。内侍陪膳す。博士、御盤を取る云云。御幣十帖、柳の折櫃に納めてこれを奉る。先例は四帖と云云。饗は、内侍二人の前(衝重各二合、二種物)、博士十二人(同前)、団司ならびに女官等(各衝重一合、一種物)、召人・近衛司等(衝重各二合、二種物)。然るべき人々の禄は、上人これを取る。禄は、典侍(白き褂一領)、掌侍(白き単衣一領)、伝侍二人(命婦は白き単重一領、六位は白き単衣一領)、女官(疋絹)、下(手作各一端、所の布を以てこれを給う)、召人(白き単衣各一領)、近衛司(疋絹)と見ゆ。この記は、参議経頼卿の記録なり。名の二字の偏をとりて、糸束とは名付けたるなり。
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