玉勝間 / 九の巻 春日ノ社みづがきを廻廊に造リかへらるる事
同書に、治承二年五月卅日、春日社、今度修造之時、改瑞垣可造廻廊之由衆徒進奏狀、依申請、被行御ト之處、被宣下畢、而社家依有申旨、官奏共不快之由申之、而衆徒申云、不可依ト吉凶、仍被問諸卿、猶祈請本社、可有覆推之由、定申之、遂改瑞垣、造廻廊、と見えたり。官奏の奏ノ字は、寮を誤れるなるべし。官は神祇官、寮は陰陽寮なり。さて是れになすらへて思ふに、すべて國國の神社のつくりざま、古へのとは、變りきぬる程、おしはかられたり。又御トの吉凶は、神の御心なるに、それにも從はず、ひたぶるにほうしの心なりけん。まがつひのまがことは、せんかたも無きわざなりけり。
新字:同書に、治承二年五月卅日、春日社、今度修造之時、改瑞垣可造廻廊之由衆徒進奏状、依申請、被行御ト之処、被宣下畢、而社家依有申旨、官奏共不快之由申之、而衆徒申云、不可依ト吉凶、仍被問諸卿、猶祈請本社、可有覆推之由、定申之、遂改瑞垣、造廻廊、と見えたり。官奏の奏ノ字は、寮を誤れるなるべし。官は神祇官、寮は陰陽寮なり。さて是れになすらへて思ふに、すべて国国の神社のつくりざま、古へのとは、変りきぬる程、おしはかられたり。又御トの吉凶は、神の御心なるに、それにも従はず、ひたぶるにほうしの心なりけん。まがつひのまがことは、せんかたも無きわざなりけり。
書き下し
同書に、治承二年五月卅日、春日社、今度修造の時、瑞垣を改めて廻廊を造るべきの由、衆徒奏状を進む、申請に依りて、御卜を行わるるの処、宣下せられ畢んぬ、而るに社家申す旨有るに依りて、官奏共に不快の由之を申す、而るに衆徒申して云う、卜の吉凶に依るべからずと、仍りて諸卿に問わる、猶本社に祈請して、覆推有るべきの由、之を定め申す、遂に瑞垣を改め、廻廊を造る、と見えたり。官奏の奏の字は、寮を誤れるなるべし。官は神祇官、寮は陰陽寮なり。さてこれになずらえて思うに、すべて国々の神社のつくりざま、古えのとは、変わりきぬる程、おしはかられたり。又御卜の吉凶は、神の御心なるに、それにも従わず、ひたぶるにほうしの心なりけん。まがつひのまがことは、せんかたも無きわざなりけり。
現代語訳
同じ書(『百練抄』)に、治承二年(1178)五月三十日、春日社では、このたびの修造の際に、瑞垣(神域を囲む垣)を改めて廻廊を造るべきだと、衆徒(興福寺の僧徒)が奏状を差し出した。申請によって占いを行わせたところ、宣下があった。ところが社家(神職)の側から申し立てがあり、神祇官と陰陽寮の占いがともに不吉だと申した。ところが衆徒は、占いの吉凶に従うべきではないと言う。そこで諸卿に意見を問われたところ、なお本社に祈請して、占い直しをすべきだと定め申した。結局、瑞垣を改めて廻廊を造った、と見えている。「官奏」の奏の字は、寮の誤りであろう。官は神祇官、寮は陰陽寮である。さてこれになぞらえて考えると、およそ諸国の神社の造り方が、昔のものとは変わってしまった程度が推し量られる。また占いの吉凶は神の御心であるのに、それにも従わず、ひたすら法師の心のままにしたのであろう。禍津日神のもたらす禍事は、どうしようもないことであった。
解説
関連する章句
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『玉勝間』十二の巻 神社修造の勅命同じ紀に、貞観六年六月廿七日辛亥、勅して曰く、去年七月廿五日、五畿并びに伊賀・伊勢・志摩・遠江・相模・上総等の国に頒ち下す、云う。国家を鎮護し、災害を消伏するは、尤もこれ神祇を敬い、祭礼を欽むの致す所なり。是を以て格制頻りに下し、警告慇懃なり。今諸国の牧宰、制旨を慎まず、専ら神主・禰宜・祝等に任せ、神社をして破損し、祭礼疎慢ならしむ、神明是に由りて祟りを発し、国家此を以て災いを招く。今神社をして一時に新たに華飾を加えしめんと欲するに、而るに月を経年を踰えて、未だ修造有らず、宜しく早く修飾を加え、重意を致すこと勿かるべし。
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『玉勝間』十三の巻 神社にてほうしをして仏の経をよましむる事同紀に、斉衡元年四月、伝灯大法師位智戒興智真秀、伝灯法師位明昭玄永、伝灯満位僧基蔵基秀を遣わし、七道諸国の名神社に向かい、般若を転読せしむ、民の福を祈るなり。また同三年九月、僧を賀茂松尾大神社に請い、金剛般若経を読ましむ、三日を限りて訖う。また天安元年五月にも、同じ事あり。すべてかかるたぐいの事は、いかなる事にか有りけむ。
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『玉勝間』十の巻 春日ノ社の預リ同じ記に曰く、同年九月七日、今日左大弁を招き、春日社の預二人を仰せ下す、本は六人なり、而るに関白殿長者の間、一人を加えて七人と為す、余長者の後、仰せて曰く、宜しく旧に任せて六人と為すべし、但し本の預を解却すべきに非ず、一人闕くる時、補い替うべからず、てえり。その後預信春罪有りて解却す。祐房・有兼死去す。三人の替りに二人を補すなり。(有定・祐政)
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『玉勝間』九の巻 神をなほざりに思ひ奉る世のならひをかなしむ事そもそも宣長、かかるすじの事を、かえすがえす云い出づる、人はうるさしとも思うらめど、この事のうれたさの、明け暮れ心に忘らるる間も無く覚ゆるから、筆だにとれば、書きいでまほしくてなん。治まれる御代のしるしを千木たかく神のやしろに見るよしもがな
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『玉勝間』七の巻 神わざのおとろへのなげかはしき事よろずよりも、世の中に願わしきは、いかでもろもろの神の社の衰えを、もて直し、もろもろの神わざを、おこさまほしくこそ。今の世の神の社・神事のさまは、おおかた中頃の乱れ世に、いたく衰えすたれたるままなるを、今の世の人は、ただ今のさまをのみ見て、古よりかかるものとぞ思いたんめる。まれまれ書を読む人なども、ただからぶみをのみむねとは読みて、その心もて、万ずをさだして、皇国の古き書どもをば、おさおさ読む人も無ければ、古の御世には、神社・神事を、むねと重くし給いし事をば知らず。また稀れには知れる人も有れども、なお今の世のならいにまぎれては、古を思いくらべて、これを深く歎く人の無きこそ、いと悲しけれ。
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『玉勝間』六の巻 古き名どころを尋ぬる事ふるき神の社の、今は絶えたる、また絶えざれども、定かならず成りぬるなど、いずくにも多かるは、いと悲しきわざなり。神祇官の帳にのれるなどは、欠けてもさは有るまじきわざなるを、中頃の世の乱れに、天の下のよろずの事も、古の掟も、皆みだれに乱れ、絶え失せに絶え失せにたる、万ずにつけて、いともいともかなしきは、乱れ世のしわざなりけり。さるを今の御世は、古えにも稀なるまで、よく治まりて、いともめでたく、天の下栄えに栄ゆるままに、よろずに古をたずねて、絶えたるを起こし、おとろえたるを直し給う御世にし有れば、神の社どもは、殊に古に立ちかえりて、栄ゆべき時なりけり。しか有るにつけては、絶えたるは、跡をだに定かに尋ねまほしく、また今も有りながら、さだかならず、疑わしきをば、よく考え尋ねて、確かにそれと、定め知らまほしきわざになむ有りける。次には神の社ならぬも、古えに名あるところどころ、歌枕なども、今は定かならぬが多かるは、かかるめでたき時世にあたりて、尋ね置かまほしきわざなり。
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