玉勝間 / 八の巻 ねくさし
食物の惡しくなりたる香を、ねくさいと云ふ事、金葉集戀下に、あふみにか有といふなるかれいひ山君はこえけり人とねくさし。
新字:食物の悪しくなりたる香を、ねくさいと云ふ事、金葉集恋下に、あふみにか有といふなるかれいひ山君はこえけり人とねくさし。
書き下し
食物の悪しくなりたる香を、ねくさいと云う事、金葉集恋下に、おうみにか有というなるかれいい山君はこえけり人とねくさし。
現代語訳
食べ物が悪くなった匂いを「ねくさい」と言うことは、金葉集の恋の部下に「近江にかありというなるかれいい山君は越えけり人と寝くさし(近江にあるという乾飯山ならぬ、心の離れる山を、あなたは越えてしまった。ほかの人と寝て、寝臭いことよ)」とある。
解説
食べ物が傷んで嫌な匂いを放つことを言う「ねくさい」の古い用例を、金葉集の歌から示した段である。引かれた歌は、近江の「かれいい山」という地名に、乾飯、つまり干した飯と、相手が離れていく「離れ」とを掛け、心変わりした相手がほかの人と寝たことを「ねくさし」と言って、乾飯が饐えた匂いと重ねて皮肉っている。平安時代後期の勅撰集に、こうした機知に富んだ戯れの歌が収められていることも興味深い。宣長は、江戸の俗語で飯などが饐えた匂いを言う「ねくさい」が、平安の歌にすでに見えることを示した。語源には踏み込まず、用例を示すにとどめているのも宣長らしい。台所の日常の言葉が、恋の皮肉を込めた和歌の言葉とつながっているのである。言葉は雅と俗の区別を越えて流れていることを、あらためて教える段である。
関連する章句
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