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玉勝間 / 八の巻 ぬたうつ

夫木集に、俊賴朝臣「君こふと猪のかるもよりねざめしてあみけるぬたにやつれてぞふる、待賢門院ノ安藝、「戀をしてふすゐの床はまどろまでぬたうちさますよはのねざめよ、今の世にいやしき詞に、のたる又のたうつなど云ふは、これなり。

新字:夫木集に、俊頼朝臣「君こふと猪のかるもよりねざめしてあみけるぬたにやつれてぞふる、待賢門院ノ安芸、「恋をしてふすゐの床はまどろまでぬたうちさますよはのねざめよ、今の世にいやしき詞に、のたる又のたうつなど云ふは、これなり。

書き下し

夫木集に、俊頼朝臣、君こうと猪のかるもよりねざめしてあみけるぬたにやつれてぞふる、待賢門院の安芸、恋をしてふすいの床はまどろまでぬたうちさますよわのねざめよ、今の世にいやしき詞に、のたる又のたうつなど云うは、これなり。

現代語訳

夫木集(夫木和歌抄)に、源俊頼朝臣の「君恋うと猪のかるもより寝覚めしてあみけるぬたにやつれてぞ経る(あなたを恋して、猪が枯れ草の寝床から目覚めて浴びる泥のように、やつれて日を送ることよ)」、待賢門院安芸の「恋をして臥す猪の床はまどろまでぬたうちさます夜半の寝覚めよ(恋をして、臥す猪の寝床のような床ではまどろむこともできず、のたうって目を覚ます夜中の寝覚めよ)」とある。今の世に卑しい言葉で「のたる」また「のたうつ」などと言うのは、これである。

解説

苦しんで転げ回る意の俗語「のたうつ」の古い形を、和歌の用例から示した段である。「ぬた」は猪が体を泥にこすりつけて転げ回る湿地のことで、「ぬたうつ」は猪がそこで転げ回ることをいう。俊頼と安芸の歌は、いずれも恋の苦しさで眠れず、寝床で身をよじるさまを、ぬたで転げる猪にたとえている。夫木和歌抄は鎌倉時代後期に編まれた大部の私撰集で、他の歌集に見えない珍しい歌語を多く含み、宣長のような言葉の研究者にとって宝庫であった。宣長は、江戸の卑俗な言葉とされた「のたうつ」が、じつは院政期の歌人が恋歌に用いた言葉の転じたものだと指摘する。卑しい俗語と雅びな和歌の言葉とが、一本の根でつながっているのである。言葉に貴賤の上下をつけがちな見方を、用例の力で揺さぶる段である。

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