玉勝間 / 八の巻 さらばと云ふ詞
人に別るる時に、さらばと云ふこと、後撰集別の部に、伊勢、「さらばよとわかれしときにいはませば我も淚におぼほれなまし。
新字:人に別るる時に、さらばと云ふこと、後撰集別の部に、伊勢、「さらばよとわかれしときにいはませば我も涙におぼほれなまし。
書き下し
人に別るる時に、さらばと云うこと、後撰集別の部に、伊勢、さらばよとわかれしときにいわませば我も涙におぼほれなまし。
現代語訳
人と別れる時に「さらば」と言うことは、後撰集の離別の部に、伊勢の「さらばよと別れし時に言わませば我も涙におぼほれなまし(さようならと言って別れた時に、もしそう言ってくれていたなら、私も涙におぼれていたでしょうに)」とある。
解説
別れの挨拶「さらば」の古い用例を、後撰集の伊勢の歌から示した段である。「さらば」は「然らば」、つまり「それならば」という意の言葉で、「それでは」と相手に区切りを告げることから、別れの挨拶になった。伊勢の歌は、別れの時に「さらばよ」と言葉を交わしていたなら、自分も涙にくれただろうにと詠み、言葉もなく別れた寂しさを裏側から表している。宣長は、江戸の人々が日常に使う別れの言葉が、平安時代の歌にすでに見えることを確かめた。「さようなら」もまた「左様ならば」から出た言葉で、「さらば」と同じ成り立ちである。別れを直接言わず、そういうことならばと静かに受け入れるこの言い方に、別れの感覚の一つの形を見ることもできるだろう。短い用例が、日々の挨拶の奥行きを教えてくれる。
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