玉勝間 / 八の巻 文身の訓
から書に、文身と有るを、みをもとろげと訓り。夫木抄、俊賴ノ朝臣の歌に、霧をいたみ眞野の萩原しぐれしてしづくに袖をもとろかしつると有り。書紀景行天皇の御卷にも、文身のよみ、同じことなり。
新字:から書に、文身と有るを、みをもとろげと訓り。夫木抄、俊頼ノ朝臣の歌に、霧をいたみ真野の萩原しぐれしてしづくに袖をもとろかしつると有り。書紀景行天皇の御巻にも、文身のよみ、同じことなり。
書き下し
から書に、文身と有るを、みをもとろげと訓めり。夫木抄、俊頼の朝臣の歌に、霧をいたみ真野の萩原しぐれしてしずくに袖をもとろかしつると有り。書紀景行天皇の御巻にも、文身のよみ、同じことなり。
現代語訳
漢籍に「文身」とあるのを「みをもとろげ」と訓んでいる。夫木抄の源俊頼朝臣の歌に「霧をいたみ真野の萩原しぐれしてしずくに袖をもとろかしつる(霧が深いので、真野の萩原に時雨が降って、そのしずくで袖をまだらに染めてしまった)」とある。日本書紀の景行天皇の巻でも、「文身」の読みは同じことである。
解説
入れ墨を言う漢語「文身」の古い和訓「もとろげ」を、和歌の用例と結びつけた段である。魏志倭人伝などの漢籍には、倭人が体に入れ墨をする「文身」の習俗が記され、日本書紀の景行天皇の巻でも、東国の蝦夷が「文身」していると語られる。これを「みをもとろげ(身をまだらにする)」と訓むのが古い読みであった。宣長は、源俊頼の歌の「しずくに袖をもとろかしつる」に同じ語があるのを見つけ、「もとろ」が、まだらに染まる、入り乱れた模様になるという意の和語であることを示す。萩の花のしずくで袖がまだらに色づくさまと、肌に刻まれた入れ墨の模様とが、同じ言葉で言い表されているのである。宣長は、漢字の訓みとして伝わる語を、生きた和歌の用例によって裏づけた。一つの和語が、古代の習俗と平安の歌の情景とを結びつけている。
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