玉勝間 / 八の巻 およる
あづまにて、寝る事を、およると言ふ。御晝なる御夜なると云ふ事なり。古今著聞集に、月をも御覽ぜで御よるなれば、云云、增鏡に、帝はいづくにおよるぞと問ふ、夜のおとどにといらふれば云云。
新字:あづまにて、寝る事を、およると言ふ。御昼なる御夜なると云ふ事なり。古今著聞集に、月をも御覧ぜで御よるなれば、云云、增鏡に、帝はいづくにおよるぞと問ふ、夜のおとどにといらふれば云云。
書き下し
あずまにて、寝る事を、およると言う。御昼なる御夜なると云う事なり。古今著聞集に、月をも御覧ぜで御よるなれば、云云、増鏡に、帝はいずくにおよるぞと問う、夜のおとどにといらうれば云云。
現代語訳
東国では、寝ることを「およる」と言う。(「おひなる」「およる」は)「御昼なる」「御夜なる」ということである。古今著聞集に「月もご覧にならずにお休みになったので、云々」、増鏡に「帝はどこでお休みかと尋ねる。夜の御殿(おとど)で、と答えると云々」とある。
解説
前段の「おひなる」と対になる「およる」を取り上げ、両語の成り立ちを明かした段である。宣長は、起きることを「御昼なる」、寝ることを「御夜なる」と言い、それが縮まって「おひなる」「およる」になったと説く。寝起きを直接言わず、昼になる、夜になると時の移りで言い表すのは、貴人のふるまいを遠回しに言う敬いの表現である。古今著聞集や増鏡では、天皇や貴人が寝ることを「およる」と言っており、宮中の敬語であったことが分かる。その宮中の言葉が、江戸時代には東国の日常語として使われていたのである。今でも「お休みになる」という言い方があるように、寝るという行いを敬って言う工夫は形を変えて続いている。宣長は、ふだんの言葉の中に、かつての宮中の敬語が息づいていることを示した。言葉の丁寧さの工夫がどう受け継がれるかを考えさせる段である。
関連する章句
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『玉勝間』八の巻 おひなる女の詞に、人の寝たるが起くる事を、おひなると云う。伊勢などにては、おひるなると云う。
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『玉勝間』十四の巻 夜〃寝ず起てゐるを居と云へる事万葉集二に、「居あかして君をばまたむ、ぬば玉のわが黒髪に霜はふるとも、十一に、「真袖もち床うちはらい君まつと居りしあいだに月かたぶきぬ、十八に、「おりあかしこよいはのまむ、ほととぎすあけむあしたはなきわたらむぞ、二十に「家おもうといをねずおれば、たずがなくあしべも見えず春の霞に、なおあり。大かたこのたぐいの居は、ただ一わたり軽くつねに云うとはかわりて、夜る寝ずに、起きて居る意なり。軽く見るべからず。
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『玉勝間』十二の巻 夜をよさり又ようさりと云ふ事今の俗に、夜を、よさりとも、ようさりとも云うは、古き言なり。催馬楽の刺櫛の歌に、あさなとり、ようさりとりとあり。朝取夕取と云う事なり。
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